致し方ないので、上司お持ち帰りしました
「……真白さん?」
苦しそうに息をする姿を見て、走ってきてくれたことがすぐに分かった。
「窓から、泉さんの姿が見えて……っはあ、急いで走ってきた。だ、大丈夫?」
「……だいじょうぶ、じゃないです」
絞り出した声は震えていた。
真白さんが来てくれた安心感と、彼が来てくれなかったらどこかに連れて行かれていたという事実に。心が激しく動揺する。
そんな私を、楓くんから引き離すように、真白さんの背後へと誘導された。
目の前にある広くて大きな背中に、荒れていた心が落ち着きはじめる。
真白さんは荒れた息を整えると、楓くんに向き直した。
長身な真白さんが背筋を伸ばすと、小柄な楓くんとの身長差が際立つ。楓くんは少したじろいだように見えた。
「君が元カレの楓くん?」
「はあ? 関係ないやつが出てくんなよ」
「残念ながら関係はあるんだ。泉さんと付き合っているから」
「は? こんな魅力のカケラもない女と付き合ってんの? うわーはずれくじ引いたな?」
楓くんは、まるで挑発するような口調で嫌味ったらしく言い捨てた。真白さんは怯むことなく淡々と言葉を放つ。
「なるべく穏便に済ませたい。ご用件を聞いてもいいかな?」
「穏便にねー?」
「君の要求に沿えるように努めるよ」
「ま、真白さん、」
真白さんを止めようと服の袖を引っ張った。「要求に沿えるように努める」なんて言ってしまったら、楓くんは調子に乗ってお金を請求してくるに違いない。危惧して止めようとすると、私の耳元に顔を寄せて「任せて」そう囁いた。