致し方ないので、上司お持ち帰りしました
「えっと。なんて言えばいいのかな……」
目を細めて笑った真白さんの笑顔は、どこかぎこちなく見える。悩まし気なその表情が終わりを伝えるようで胸が苦しくなる。
真白さんは優しい人だ。私のことを気遣って同居解消を言い出せないのかもしれない。
そう思った私は自ら口を開いた。
「真白さん……たくさんお世話になりました。ストーカー被害にあっていたとはいえ、他人の私を住まわせていただきありがとうございました」
無理やり笑顔を張り付けて、一生懸命に笑ってみせた。
「解決できてよかったよ。ほんとう」
「真白さんとの生活は、楽しかったです。私、家族以外の誰かと一緒に住むって、初めてだったんですけど。居心地がよくて……ほんとうに楽しかったです」
泣きそうだった。感謝を伝えると、頭の中で楽しかった記憶が思い浮かぶ。
泣いてはだめだ。泣いたら真白さんを困らせてしまう。
「あの、たくさんお世話になって、図々しいお願いかもしれないんですが、新しい部屋が見つかるまで、もう少しだけ住まわせてもらえないでしょうか?」
最後にわがままで足掻いた。
数秒の無言が流れる。数秒のはずなのに長く感じた。
もう少し。もう少しだけ真白さんと一緒に過ごしたい。その想いから口走ってしまった。
しかしそれは間違いだったと気づく。真白さんは黙ったまま、口を開かないからだ。もう同居する理由が存在しないのに、私のわがままでここにいられるはずがなかった。
「……」
「……」
沈黙の時間が痛い。言わなければよかった。