キミと過ごした、光輝く270日間のキセキ【2.19おまけ追加・完結】
それでも40代での乳がんは進行が早く、抗がん剤治療が追い付かなくなった。
切除せざるを得なくなり、右胸を切除。
女性のシンボルを失った彼女は『毎日泣いている』大貫先生が話していたのを覚えている。
そして、右大腿骨への転移ーー。
『陽子線治療』という、癌細胞に直接放射線を当てて行う治療も行い、一時的に癌細胞が小さくなった。
でも、中條さん自身の体力も、もう限界だったのかもしれない。
当時の主治医が転勤になり4月から主治医が匠真に代わってからも、できる治療はすべてした。
でも、最終的には緩和ケアとなり、つい先日……帰らぬ人となったのだ。
中條さんのカルテを見てそれを知った瞬間、絶望した。
あんなに治療を頑張っていたのに。
神様は、それを認めてはくれなかったんだ。
人当たりがよくて、笑顔が可愛かった彼女。
『また来るからね』と、いつも笑顔で帰って行った。
その〝また〟は、もう訪れない。
若年層での癌の進行はとんでもなく早いことを、改めて実感したのだ。
「私も……いつまで生きていられるんだろ」
思わず、そんな言葉を口にしてしまった。
現在、私の病状は安定している。
おかげ様で2週に1回の抗がん剤治療へと以降できそうなくらいにまで落ち着いた。
でも、転移する可能性だってある。
切除せざるを得なくなり、右胸を切除。
女性のシンボルを失った彼女は『毎日泣いている』大貫先生が話していたのを覚えている。
そして、右大腿骨への転移ーー。
『陽子線治療』という、癌細胞に直接放射線を当てて行う治療も行い、一時的に癌細胞が小さくなった。
でも、中條さん自身の体力も、もう限界だったのかもしれない。
当時の主治医が転勤になり4月から主治医が匠真に代わってからも、できる治療はすべてした。
でも、最終的には緩和ケアとなり、つい先日……帰らぬ人となったのだ。
中條さんのカルテを見てそれを知った瞬間、絶望した。
あんなに治療を頑張っていたのに。
神様は、それを認めてはくれなかったんだ。
人当たりがよくて、笑顔が可愛かった彼女。
『また来るからね』と、いつも笑顔で帰って行った。
その〝また〟は、もう訪れない。
若年層での癌の進行はとんでもなく早いことを、改めて実感したのだ。
「私も……いつまで生きていられるんだろ」
思わず、そんな言葉を口にしてしまった。
現在、私の病状は安定している。
おかげ様で2週に1回の抗がん剤治療へと以降できそうなくらいにまで落ち着いた。
でも、転移する可能性だってある。