キミと過ごした、光輝く270日間のキセキ【2.19おまけ追加・完結】
そこまで言われたら、身を引くしかない。今回は、お言葉に甘えることにした。


「その代わり……」


赤信号で停止した五十嵐先生は、私の顔を覗き込んでいる。

え……なに?
「その代わり」ということは、なにか交換条件でもあるのかな。


「俺のこと、下の名前で呼んで」

「えぇっ!?」


私が驚いて大きな声を出したと同時に信号が青に変わり、ゆっくりと車が進み始めた。

彼の顔を見ると、ニコニコ笑顔で車のハンドルを握っている。

いやいや、待って。
食事をごちそうしてくれたお礼が、五十嵐先生のことを名前で呼ぶこと?

私にできないことではない。
でも、ハードルが高いんだってば。


「葵。結婚式のとき〝五十嵐先生〟って呼んでるのおかしくないか?」

「あぁ……それを言われると」

「だろ? ほら、呼んでみ?」


まさか、私がドクターのことを下の名前で呼ぶ日がくるなんて思ってもいなかった。

でも、五十嵐先生の言っていることは間違っていないと思う。
付き合っているカップルが、名前で呼び合っていないなんて。

さっきから、ドキドキと心臓がうるさい。


「……た、匠真」


顔から火が出そうなくらい熱くなっているのがわかった。

初めて口にした、彼の下の名前。
なんだか、くすぐったい。
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