敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている～契約結婚なのに心ごと奪われました～

プロローグ

　余計なことはしない。与えられた仕事を完璧にこなす。

　深呼吸しながらこのふたつを胸の中で唱える。スマホの画面を見て、教えられた住所と目の前のマンションを改めて交互に見る。どうやら間違いないらしい。

　一昨年建てられたばかりの高級マンションは交通の利便性を重視しつつ静寂と緑豊かな自然をコンセプトに裕福層向けに売りに出された。素人にはとても手が出せない価格だったが、あっという間に完売したらしい。

　どこかの芸能人か社長か。住んでいるのは自分には縁のない人たちばかりだと、駅から出てここの前を通るたびに感じていた。ましてや足を踏み入れる機会などけっしてないと思っていたのに、人生はなにが起こるかわからない。

　けれどこれは、あくまでも仕事だ。それに本人は不在だと聞いている。

　怖気(おじけ)づいている場合ではない。さっきからちらちらとこちらを見てくるガードマンの目もある。これ以上二の足を踏んでいたら、不審者として声をかけられるかもしれないし、それはこのあとの仕事のためにも避けたい事態だ。

　今日、依頼主の名前を聞いたとき、一瞬断ろうかとさえ思った。でもそれは私のプライドが許さなかった。

　どんな相手でも、先方の望む通りにきっちりと仕事をこなす、こなしてみせる。長く息を吐いて意を決する。先に相手から渡されていたカードキーを持ってマンションのエントランスに足を踏み入れた。

　さぁ、私はしっかり自分の仕事をしよう。