敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
 離れるべきだ。取り繕わなければと冷静な自分が訴えかけてくるのに、そのまますっぽりと隼人さんに抱きしめられて彼の腕の中に収まった。

 温かさになにかがぷつりと切れて、とめどなく涙があふれ出した。

 木下さんの件だけじゃない。母に言われたときも、自分が悪かったと言い聞かせて膝を抱えて感情を押し殺した。相手を責めたり怒ったりしたくない。一方で、悲しむことさえ許してもらえない気がして、ずっと我慢していた。

 それをこんなふうに寄り添ってもらえるなんて。

「ふっ……うっ……」

 一度堰を切ったようにこぼれた涙はなかなか止まりそうにない。隼人さんは今、どんな顔をしている? 呆れられていたり鬱陶しそうな顔をされていたら、どうしよう。

 そんな私を安心させるように頭を優しく撫でられ、ますます涙腺が緩む。

 ややあって少し落ち着いた私は、彼から離れようと身動ぎした。回されていた腕の力が緩んだものの顔が上げられない。

「す、すみませんでした」

 泣く自体久しぶりだが、まさかよりにもよって隼人さんの前で泣くなんて。

「謝らなくていい」

「でも私は隼人さんに雇われている身で……」

『私は雇われた身なので必要以上に干渉しませんから。極力黒子に徹します』

 あんなことを言っておきながら、こんな失態を見せて情けない。プロ失格だ。

 そこで反射的に隼人さんの方を向いた。

「あの、この分は……仕事をしていない分はお給料から引いておいてくださいね」

 時間給ではないが、言わずにはいられなかった。
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