敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
「な、なんでそんな話になるんですか?」

「可愛い妻と一緒に風呂に入りたいと思うのは夫として当然じゃないか?」

 慌てる私に隼人さんは平然と言ってのける。

「か、からかわないでください。そんなの認められません!」

 うつむいて突っぱねると、そっと頭を撫でられた。

「わかった。未希に従うよ」

 彼の言葉にゆっくりと目線を上げる。そのとき視界に入った隼人さんは、なんとなく切なそうな顔をしていた。私がなにか言おうとする前に、彼は私の頬に口づけおもむろに腕の力を緩めて立ち上がる。

 つられて私もソファから腰を上げた。

「私、いろいろ片づけとかあるので、隼人さんはゆっくり入ってきてくださいね」

「ああ」

 自分の仕事に取りかかろうとその場を離れる。先ほどまでのやりとりが嘘みたいだが、これでいい。あのときだけ、仕事じゃなかった。そういう話だ。

 てきぱきと食洗器にかけていた食器を戻し、平常心を取り戻していく。

 だって無理だよ。仕事だと割り切らないと心が持たない。うまくやっていくためには、彼のそばにいたいのなら割り切らないと。

 母や木下さんに言われて散々思い知った。自分の感情で動いて隼人さんに迷惑をかけたくない。なによりもう、傷つきたくない。

 隼人さんだって同じだ。彼も最初から割り切っていた結婚を望んでいた。その中で気まぐれに夫婦の触れ合いを求めることだってあるだろう。

 自分の中で結論づけるが、唇に残った感触がなかなか取れない。なんでもないとやり過ごすには、隼人さんとのキスは特別だった。
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