敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
「失礼します」

 社長は自宅だからか休みだったからなのか、スーツではなくシャツに黒のスラックスといつもよりラフな格好だ。前髪も下ろしているので、社報や遠目に見たことのある彼のイメージとは、かなり違う。

「わざわざもう一度来てもらって悪いな」

「いえ、これも仕事ですから」

 意識しているのが伝わらないように、極力平静に返す。ちらりと社長がこちらに視線を寄越してきたが、思わず目を逸らしてしまった。

 だめだ。失礼のないようにと思っているのに……。

 妙な緊張感に息が詰まりそうになりながら、リビングに入る。

「コーヒーでかまわないか?」

「あ、いいえ。おかまいなく」

 キッチンへ向かう社長に反射的に答えた。自分の仕事を考えたら、彼にここで働かせてよいものか。

「かまわない。今日はサービスを頼んでいないからな」

 私の心の迷いを読み、社長はスパッと言い切る。手際よくコーヒーメーカーにセットされた豆が音を立て挽かれ、ややあってコーヒーのいい香りがしてきた。

 手持ち無沙汰だった私は、そっと彼のそばに近づき隣に立つ。

「社長は紅茶よりコーヒーがお好きですか?」

 本来なら〝進藤さま〟と呼ぶはずが、意図せず〝社長〟と呼びかけてしまった。言い直そうとしたが、彼は気にせず質問に答える。

「そうだな。どちらも飲むが、自分で淹れるならコーヒーを選ぶ」

 彼の口調がとても自然だったので私は先を続けた。
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