敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
 次の瞬間、すぐそばにあった隼人さんの温もりは消えた。彼が体を起こしたのだ。つられて私も上半身を起こす。

「先に風呂に入ってくる」

 立ち上がった彼を呆然と見上げる。複雑そうな面持ちの彼が目に映り、彼の右手がゆっくりと頭に乗せられた。

「だから、そんな顔しなくていい」

 穏やかな声で告げられ、頭が真っ白になった。

 私、どんな顔をしていたの?

 尋ねる前に隼人さんはリビングをあとにした。ひとり残された部屋で、胸が苦しくて涙が出そうになる。

 なに、やってるんだろう。私……。

 隼人さんの妻として、自分の意思で彼を受け入れるつもりだった。無理はしていない、その気持ちに嘘もない。

 でも……。

 ふと怖くなってしまった。一線を越えてしまったら、きっともっと隼人さんを好きになる。けれど感情だけで動いたら絶対にうまくいかない。私は身をもって知っているはずだ。彼もそんなことは望んでいない。

 好きだから、そばにいたい。彼の役に立ちたい。それを叶えるためには割り切らないと。

 やっぱり私に普通の恋愛なんて無理なのかな。結婚も。親子である母との関係さえうまく築けないのに。

 隼人さんの手が止まったのが、寂しいと感じる一方で安堵している自分もいる。

 隼人さんはどう思っただろう。面倒くさいと思った? 割り切れないでいるのを見抜かれたから途中でやめたのかな。

 私ではなく水戸さんと結婚したとしても、隼人さんはあんなふうに優しくしてくれるのだろう。金銭が絡んでいない分、彼女とならもっと自然な夫婦関係が築けたのだと思うと、ますます自分が彼の妻でいる意味がわからなくなった。
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