敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
 聞こえているけれど、聞こえていないふりをする。そのとき女性社員たちがぴたりとおしゃべりを止め、それぞれ自分のパソコン画面に視線を向けた。

 別室で話をしていた篠田部長が戻ってきたらしい。部長のあとに続く橋本さんの顔は、うつむき気味で顔面蒼白だ。いつもの彼女からは考えられないほど深刻そうな表情で、私はすぐに視線を外す。

 橋本さんに対しては仕事だけではなく個人的にもいろいろ思うところがある。とはいえこんな状況の彼女を見て溜飲を下げるほど、感情的にもなれなかった。

 隼人さんが戻って来る日になり、嬉しさと緊張が半々で押し寄せる。家の掃除は完璧にしておいた。日用品の補充も抜かりはないし、いるかどうかはわからないが夕飯の準備もしている。

 昼休み、私はいつもの公園のベンチに座り大きく息を吐いた。遠くの景色を眺めたいところだが、オフィスビルに囲まれているので近くの木々に目を遣る。

 昼間はだいぶ暖かくなってきた。もう三月だ。

 お弁当箱を開けて、箸を取り出す。

 一昨日は久々に伯母の家で夕飯を食べた。夫婦喧嘩?と驚かれたが、隼人さんが出張だと伝えると、喜んで迎えてくれた。

 結婚生活はどうかと尋ねられ、なんとか誤魔化しつつ美奈子さんが伯母のファンだと伝える。

 ぜひ一度会いたい!と嬉しそうに言うので、美奈子さんと伯母の対面はそう遠くない未来に実現するかもしれない。ふたりともすごくパワフルな女性だから一緒になったら、盛り上がりそうだ。

 想像して笑みがこぼれる。結婚って不思議だ。今までまったく縁のなかった人たちに新しいつながりや縁をもたらすのだから。
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