敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
 卵焼きを一切れ箸でつかみ、口の中に入れる。初めて食べたときに気に入ってくれたので隼人さんに出す卵焼きは、最近はみりんと砂糖、醤油で甘めに味付けするのが定番だ。

 なにを作っても美味しいと食べてくれるのはやはり嬉しい。

 隼人さん、ちゃんと食べているかな? 忙しいからって食事を抜いていないといいけれど……。

 お弁当を食べ終わり、時計を見るとまだ時間に余裕があるので、しばらくここでのんびり過ごすことにする。

 橋本さんはプレゼンの件だけではなく普段の仕事ぶりなどに対して他社員からの苦情などもあり、この四月から地方の支社へ転勤を命じられるのではないかと噂だ。

 この数ヶ月でいろいろなことがありすぎた。

「未希」

 不意に名前を呼ばれ、意識を向ける。するとそこには意外な人物が立っていた。

「木下さん」

 同じ営業部とはいえ、外に出ていることが多い彼とはあまり会話することはない。別れてからは、橋本さんと共に嫌味や見下される発言をよく浴びせられたが、極力聞き流していた。

 しかし今、木下さんのそばに橋本さんはおらず、仕事の用件とも思えない。彼がひとりのときにわざわざ私に声をかけてくるなど、別れてからは一度もなかった。

「結婚したのは、俺への当てつけなんだろう?」

 こちらに大股で近づいてきながら言い切る木下さんに目が点になる。一体、なんの話をしているの?

 私のそばに立ち、見下ろしてくる彼はあからさまに苛立っていた。

「社長との結婚だよ。家事ができるって取り入ったのかもしれないけれど、社長みたいな人は家事なんて外注すればすむ話なんだ。未希なんてすぐに捨てられるぞ」

「よ、余計なお世話です!」

 反射的に言い返す。そんなことを言うためにここに来たのかと嫌悪感からつい彼を睨みつけた。
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