敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
「未希」

 名前を呼ばれ、一瞬母かと錯覚したがすぐに違うと気づく。

「隼、人さん」

 そこにはスーツ姿のまま心配そうにこちらを見下ろしている隼人さんの姿があった。彼の大きな手が額に当てられ、心地よさを感じる。

「大丈夫か? 悪い。帰ってくるのが遅くなって」

「大、丈夫です。すみません、ちょっと体調崩して」

 かすれた声で返事をする。まだ夢現でどこか現実味が湧かない。

「病院に行くか?」

「寝てたら治ります。だから、ごめんなさい。お風呂の準備とか」

「そんなこと気にする必要はない」

 きっぱりと言い放つ隼人さんに、逆に申し訳ない気持ちになってくる。

「すみません」

 ぽつりと呟いた一言を皮切りに、様々な感情が中から押し上げてきた。

「ごめん、なさい」

 震える声で再度謝ると、意図せず涙が出そうになる。それを誤魔化すために手の甲で目元を覆った。すると額にあった彼の手が離れる。

「謝らなくていい。未希が謝る必要はない。……俺の方こそ悪かった。もっと早く帰ってくるべきだった」

 そんなことないと言いたいのに、声が出せずに小さく首を横に振るのが精いっぱいだ。こんな態度はよくないと思いつつ今はその余裕がない。

 すると彼が腰を落とし、ためらいがちに私の頭を撫でだした。

「俺と結婚するために未希は住む場所や生活環境ががらりと変わって、さらにはいつも俺がいるから、ずっと気が張っていたんだよな。疲れが溜まって未希が体調を崩すのも無理はない」

「隼人さんの、せいじゃないです」

 目に乗せていた手をずらし、彼を見る。隼人さんが責任を感じる必要はない。すべては私の体調管理の問題だ。
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