敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
 体感的に少し熱は下がっている気がする。わずかに冷静になり私は上半身を起こして、彼に声をかける。

「あの……私はひとりで大丈夫なので、隼人さんは休んでください」

 出張から帰ってきたばかりで隼人さんも疲れているだろう。これ以上、彼を煩わせてはいけない。しかし隼人さんの表情は渋いままだ。

「こんな状態の未希を放っておけないだろう。薬は? なにか欲しいものは?」

 真剣な面持ちの彼に、私は慌てた。

「あ、あの。本当に大丈夫です。今までもひとりでなんとかしてきましたし、寝ていればそのうち」

「今まではそうでも、今はひとりじゃない」

 私の言葉を遮るように隼人さんは力強く告げた。彼の手が頬に添わされ、真っすぐに見つめられる。

「どんな形であれ夫婦なんだ、頼ってほしいし、ちゃんと甘えてほしい」

 訴えかける表情は、嘘偽りがない彼の本心なのが伝わってくる。

 どうして? 迷惑じゃない?

「で、でも」

 わからない。欲しいものなんてない。彼に望むこともなにも……。

「それに、嘘はよくないんじゃないか?」

 困惑めいた笑みを浮かべられる。その言い回しには覚えがあった。

『なにより嘘はよくないです』

 彼の婚約者だと偽るのを頼まれたとき、私はそう答えた。けれど隼人さんの切り返しになにも言えなかったのは、本当は私も自分にずっと嘘をつき続けていたからだ。

 ひとりでも私は大丈夫。平気だ、傷ついていない。

 自分に言い聞かせて、傷ついていないふりをして平静を装った。嫌われたくなかった。鬱陶しいと思われたくなくて。でも本当は……。
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