敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
「ねぇ、進藤社長に付き合っている相手がいるって知ってた?」

「うそ。相手誰?」

 そこでは女性社員が噂話で盛り上がっている真っ最中だった。ふたりは私を見て一瞬驚いた顔をしたが、無害だと思ったのか気にせず話を続ける。

「それが『Mito(ミト)』の社長令嬢らしいよー」

「Mito ってあの子供服の!?」

 彼女たちの発言に、私はボタンを押そうとする手が止まった。社長に付き合っている女性がいるという事実以上に、相手の会社名に驚く。

「そうそう。友達の親がMitoでけっこういい役職についていてね。直子(なおこ)さんだったかな? なんか何度もふたりで会っているらしいよ。仕事だとしても、そう何度もふたりで会う? 結婚前提とかじゃない?」

「ありえそう。はー。やっぱり社長となると、相手もすごいわね」

 Mitoは出産祝いやブランドの子供服と言えば定番の、有名子供服メーカーだ。私が子どもの頃の服はMitoのものばかりだった。なぜなら母の勤め先がMitoの本社なのだ。

 お相手の女性についてはまったく知らないが、妙なつながりを感じる。おそらく社長と釣り合う素敵な人なのだろう。

『そうだな。結婚はしなければならないと思っている』

 彼自身、そう話していた。両親から結婚を迫られているようだったし。

 コーヒーの入った紙コップを持ち、自分のデスクへ向かう。パソコンを起動させながら軽く息を吐いた。

 なんだ、ちゃんと相手がいたんだ。

 なにかが刺さったように胸がチクリと痛む。けれどその理由がわからない。

 なんで? おめでたい話なのに。彼の役に立とうと変に張り切っていたから、少し肩透かしを食らった感じなのかな。

 恋人の有無などは完全にプライベートなことで、伝えられていなくても業務に支障はないはずだ。けれど結婚前提の相手がいるのなら、仕事とはいえ私がマンションに出入りしてもいいんだろうか。

 私らしくない。社長との関係はビジネスライクなものなんだ。

 余計な考えを振り払い、途中になっていた営業資料の作成に集中した。
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