敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
「次は日曜日にお伺いしますね」

「ああ。よろしく頼むよ」

 紅の業者と依頼主としての会話を終え、それ以上は続かない。

「どこか行く予定なら送ろうか?」

 さりげなく気遣われ、私は慌てて首を横に振る。

「いえ。会社の前で待ち合わせをしているので」

 その回答に、どういうわけか社長は大きく目を見張った。彼の反応に、なにか変なことを言っただろうかと不安になった私は、今度は自分から尋ねる。

「お気遣いありがとうございます。社長こそ、このあとご予定があるんじゃないですか?」

 私の質問に社長はちらりと時計に目を遣った。

「ああ。俺も今から人と会う約束があるんだ」

 なんとなくその相手は仕事関係者ではない気がした。とはいえこれ以上の詮索は無用だし失礼だ。

「もしかして相手はMitoの社長令嬢さんですか?」

 それなのに口が勝手に動いて、気づけば声に出していた。しまったと後悔する間もなく社長から答えがある。

「どうして知っているんだ?」

 咎められるわけでもなくあまりにも素直に返され、逆に私が虚を衝かれる。一瞬で心の中に黒い靄がかかった。

「失礼します」

 頭を下げ、私はすぐに車から離れた。そもそも社長と一介の契約社員である私が会社のすぐそばで接触するのは、どう考えても不自然だ。余計な誤解や詮索を招くかもしれない。そうなると困るのは社長だ。

 彼に背を向け、元いた場所に戻る。綾美がもう来ているかもしれない。ちらりとうしろを見ると、社長の車はもうなかった。

 安堵しつつ前に向き直る。どうやら昼間、女性社員たちが話していたのは噂ではなく事実らしい。

 だから、なんなの?

 原因を必死に探るも、胸に重い鉛が沈んでいるような感覚はしばらく続きそうだった。
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