敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている～契約結婚なのに心ごと奪われました～
第二章　婚姻届と契約書のどちらもサインは必要です
　土曜日の昼下がり、私は社長のマンションにいた。いつものエプロンは身につけておらず、淡い桃色のハイネックに白のプリーツスカートと私服で、イレギュラーな事態であるうえ、家主は不在のため、どうも落ち着かない。

　遡ること二時間。紅から支給されている仕事用のスマホに社長から電話があったのだ。

　今日の昼過ぎにマンション全体の点検があり、その一環で在宅して確認しないとならないことがあるのだが、すっかり忘れていたと。

　不在の場合は改めて別の日に業者に連絡して来てもらわねばならないので、できれば今日終わらせたいから代わりに立ち会ってくれないかという内容だった。

　断る選択肢もあったが、電話に出て最初の社長の質問が『今、どこでなにをしている？』だった。

　訝しく思いながらも、とくに用事もなく家の掃除をしながら久々にマフィンを焼いている最中だと答えてしまったのだ。あの聞き方と話す順番はずるい。

　とはいえここで断ったとしても責められるいわれはないし、受けなければならない義務もない。それは社長もわかっている感じだった。

『もちろん無理にとは言わないが……』

　そういう言い方をされると、どうにかしてあげたいと思ってしまう私が甘いのか、彼の作戦なのか。念のため伯母には報告を入れ、時間もないのでそのままやってきて今に至る。

　何人もの関係者らしき人たちがエントランスで出入りしていて、コンシェルジュが案内していた。それにしても普段はこんな時間にこのマンションを訪れることはあまりないので、なんだか新鮮だ。
< 34 / 197 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop