敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
 少なくとも母と彼が会うところを想像するよりはマシだ。結局、会ってしまったけれど。

 紙袋に手を伸ばそうとしたら、先に隼人さんがそれを手に取った。
「運ぶよ」

「だ、大丈夫です」

 雇用主にそんな手間をかけてはいけない。とはいえそれなりの重さがあるのは事実だ。しかも紙袋が思ったより傷んでいて中身が重いので、下手な持ち方をしたら底が抜けるか破れるかもしれない。

「いいから。大事なものなんだろう?」

 さっさと彼が歩を進めるので、ここは素直に甘えておくことにする。大事かと聞かれたら、なんとも言えないが。

「ありがとうございます」

 素直にお礼を告げ、彼と共にマンションの部屋へ向かう。隣に並んでエレベーターを目指しながら、なんだか彼と一緒に向かうことが、妙に気恥ずかしく感じる。

 自室が別にあり、あくまでも私の役割は仕事として家事を担うことで、いわゆる普通の結婚とはまったく違う。わかってはいても、男性と共に暮らすなど初めての経験だ。

 隼人さんの優しさに勘違いしそうになるが、元々真面目な性格なだけで彼はどこまでいっても私を家事代行業者の延長としか見ていない。意識する方が失礼だ。

 部屋に着き、隼人さんから荷物を預かって自室に向かう。

「ありがとうございます。私、着替えますね」

「ああ」

 ろくに彼と目を合わせられないまま部屋に逃げ込む。古びた紙袋の中身をちらりと確認し、部屋の隅に置く。整理するのは荷物と一緒でいいだろう。
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