敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
 ダイニングテーブルに彼と向き合う形で座ると、隼人さんは小さな四角い箱をテーブルの上に置いた。

『これを』

 そう言って差し出され、私は手を伸ばして受け取る。思ったよりも軽い。

『これは?』

『婚約指輪だ』

 なにげなく問いかけると、思いもよらぬ回答があった。目をぱちくりとさせる私に対し、隼人さんは平然としている。

『本当は今日の挨拶の前に用意したかったんだが、間に合わなかったんだ』

 そこで悟る。彼にとってこの指輪はあくまでも便宜上のものに過ぎない。ただの記号と同じだ。

『開けてみてもいいですか?』

『どうぞ』

 隼人さんにならい、極力平静を装う。下手に意識していると思われてはだめだ。

『正直、ブランドにはあまり詳しくないんだが、母が父から贈られた婚約指輪もここのものだと聞いている』

 箱の中では、細身のプラチナリングに一粒ダイヤモンドがキラキラと輝いている。アクセサリーに疎い私でもわかるほどの上等な代物で、時代も年齢も選ばないシンプルかつ繊細なデザインは、昔から多くの人に愛されている高級老舗ブランドのものだ。

 指輪の美しさ以上に、隼人さんがご両親に合わせて指輪を選んだことにほっこりする。

『ありがとうございます。あの、つけてみてもいいですか?』

『ああ』

 慎重にケースから指輪を取り外し、自身の左手の薬指にはめていく。
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