訪れないロマンス
櫻子はあの日、「またね」と珠彦に言ったものの、お嬢様である櫻子と働きに来ている珠彦があの日以来、面と向かって会うことも話すこともなく、ただ時間と季節だけが巡っていく。

櫻子を見るたびに胸が高鳴り、婚約者と一緒にいる姿を見るたびに胸が痛む。この不可思議な病のようなものは何なのか、珠彦はずっと考えていた。だが、その答えをようやく知ることになる。

「櫻子様、ついにご結婚されるんですって!」

「櫻子様の白無垢姿、とてもお綺麗でしょうね〜!」

屋敷の使用人たちが話す声に、珠彦は目を見開いて、持っていた洗濯物を落としてしまう。今日は、珠彦がこの屋敷に奉公に来て一年。櫻子と初めて会って話した日だ。

「櫻子様……!」

珠彦は走る。足を懸命に動かし、走る。息を切らせながら洋館の外に出れば、あの日のように美しい雨が降っている。白い花びらが春風に乗って舞い、その下で微笑み合う男女が二人。

櫻子は珠彦がこの一年で見かけた中で、一番幸せそうで可憐な笑顔をしていた。だが、それを向けているのは珠彦ではなく婚約者だ。

(ああ、この気持ちが恋なんだ。俺はあの日、櫻子様に一目惚れをしていたんだ……!)

今やっとこの気持ちに気付いた。だが、もうこの恋は実らない。異国の童話のような身分違いの恋は叶わない。

「ああッ……!!」

桜の下で珠彦は恋をし、桜の下で失恋した。だから、珠彦は桜が嫌いになった。





完結
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