エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
シオン <追憶>
時折秋の気配を感じつつも、関東はまだまだ真夏のような暑さも残る九月。
私はクラークとして働き始めて五ヶ月ほどが経ち、仕事にも慣れ少しずつ周りへ気を配る余裕も出てきた。
基本的には交代で休憩に入るけれど、今日のように午前中の業務が早めに落ち着いた時には、天宮さんと一緒にお昼休憩に行く。
「今日はめずらしく落ち着いてたわね。今朝はオペに入ってる先生も少ないし」
「そうですね。今のところ急患もいませんし、午後はカルテの整理や細かい事もできそうですね」
「そういえば受付の装飾、秋のお花に変えてくれたのね!患者さんから綺麗な紅葉ね、作り方教えて欲しいわって言われたわよ」
「気づいてもらえて嬉しいです。まだまだ暑いですけど、もう九月ですし気分だけでもと思いまして」
受付前のカウンターには、私が折り紙で作った季節のお花や小物を飾っている。
昔私が入院していた時、小児科だった事もあり季節ごとに可愛い折り紙が壁やカウンターにたくさん飾られていた。
それを見ると気持ちが和らいだこと、事務のお姉さんの手作りだと知り驚いたことを最近思い出した。たまに折り方を教えてもらっていたことも、微かに覚えている。
「優茉ちゃんは本当に器用よね。手先ももちろんだけど、気の使い方とか周りのフォローの仕方も」
「いえいえ、まだ至らない事ばかりです。折り紙もただの趣味ですし」
そんな会話をしながら、今日は二人ともお弁当だったので中庭に出て木陰のベンチに座って食べ始めた。
「そういえば、優茉ちゃん聞いた?」
「何をですか?」
「来週、香月先生が戻ってくるってこと」
「香月先生...?」
「っえ?優茉ちゃん香月先生のこと知らないの⁈三年前にカナダの病院に臨床留学されたイケメン御曹司様よ!」
「へぇ...そうなんですか」
香月って名前だから病院の関係者だろうとは思ったけれど、御曹司様ってことは院長の息子さんとかなのかな...?
もぐもぐと食べながらぼんやりそう考えていると隣から強い視線を感じ、振り向くと天宮さんが目を丸くしてこちらを見ていた。
「優茉ちゃん、本当に知らないのね...。うちの科に来たのは最近でも、この病院には何年もいたのよね?」
「はい、ずっと外来受付でしたけど五年くらいはいると思います。...そんなに有名な方なんですか?」
「この病院で働いてて知らない人いないと思うわよ。院長のひとり息子で、二十代の頃から若いのにオペの技術は一流で、神の腕を持つって海外でも言われてるみたいだし、おまけに超がつくほどのイケメン。色んな意味でこの病院だけじゃなく有名よ!」
天宮さんの気迫に少しだけ後ずさった体を戻して、またお弁当に向き合う。
「そんなにすごい方なんですね...。そんな方が戻ってこられたら、益々うちの科の患者さん増えそう」
「患者さんも増えそうだけど...。噂だとまだ独身らしいし、狙ってる人山ほどいるから、エリートイケメン御曹司を巡って色んなところでバトルが起きそうね。ふふっ」
そう言う天宮さんは、ちょっとだけ悪さを含んだような笑みを浮かべていた。