エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜

 「優茉、寒い?手が冷たい」

 駐車場に向かうエレベーターの中で、私の手を両手で握って温めようとしてくれる柊哉さん。

 「ありがとうございます。なんだか、少し緊張してきちゃって...」

 院長への挨拶も少し緊張するけれど、今日は新年の挨拶に伺うだけ。
 私の心が落ち着かない理由は、きっとお父さん。年に一度しか会わず、それほど会話もしないので、今日何を言われるのか全く想像がつかない。
 柊哉さんの事はおばあちゃんから伝えてもらっているけれど、どんな会話になるのか...。

 「優茉?大丈夫だから、深呼吸して?無意識に呼吸が浅くなって、末端の血液まで酸素が届いてなさそうだ」

 そう言って軽くハグして背中を撫でてくれる。車に乗ってからも、柊哉さんが掌をマッサージしてくれたおかげで指先まで温かくなってきた。
 なるべく深い呼吸を繰り返して少し落ち着いた頃には、彼の実家に到着していた。


 「優茉、こっち見て?」

 そう言われて柊哉さんの方を見ると、じっと数秒観察するように見つめられる。

 「うん、唇の色もさっきより良くなったな。優茉は無意識に呼吸が浅くなっている事があるから、時々ゆっくり深呼吸してみて?寝ている時も呼吸が早くて少し気になってた」

 唇を右手の親指でそっと撫でてから、そのままちゅっと軽くキスをされた。

 「っ、柊哉さん!ご実家の前ですよ?」

 慌てて周りをキョロキョロ見ている私に「ふっ、ごめん。でも大丈夫、誰も見ていないよ」と車を降りるので、私も慌ててドアを開けた。

 今のキスでまた少し心拍が乱れたけれど、彼の言う通りになるべくゆっくり呼吸をしていると不思議とすぐに落ち着いてきた。


 出迎えてくれた院長は私服姿で、病院にいる時よりも遥かにリラックスした表情。
 それに、柊哉さんとの会話も以前よりだいぶ砕けた雰囲気で、親子の会話という感じだった。

 今日は不在だけど、昔から家の事を任せている佐伯さんというお手伝いさんの手作りのチーズケーキと紅茶をいただいて、少しお話をした。
 聞けば、このベリーソースがたっぷりかかったチーズケーキは柊哉さんが子どもの頃好きだったものだそう。
 そして、それを作ってくれるように頼んだのは院長だと言う。

 「懐かしいな...」と少し照れくさそうに呟いた彼の横顔は、とても嬉しそうだった。

 院長と柊哉さんの関係が、確実に親子として良い方向に向かっていると感じ、なんだか私まで嬉しかった。

 私も、いつかお父さんとこんな風になれるのかな...?

 お昼ご飯は私のおばあちゃんが用意してくれているので、少し話をした後彼に続いて席を立つ。
 ご家族に宜しくと手土産まで頂いてしまい、挨拶をして車へ戻り今度は私の実家へと走らせる。
 
 「院長、なんだか嬉しそうでしたね」

 「ああ、あんなに穏やかな表情をした父さんを見たのはいつ以来か思い出せない。でも、全部優茉のおかげだよ。ありがとう」

 「いえ、私は何もしていません」

 そんな会話をしていたけれど、実家に近づくにつれてまた不安も膨らんできて、口数が少なくなる。

 「優茉、もうすぐ着くけど大丈夫?」

 「...はい。あの、もし、父が失礼な事を言ったらすみません」

 「優茉はそれが心配だった?」

 「はい。まだ直接話せていないので、何と言われるか想像が出来なくて...」
 
 「そっか。でも俺は何を言われても、優茉と結婚出来るまで諦めないよ。だから俺を信じて?優茉は何も心配しなくていい」

 赤信号で止まると、力強い眼差しと共に少し微笑んで頭を撫でてくれる。

 ...そうだよね。私は柊哉さんを信じて着いていけばいいだけ。何を言われても、私たちの気持ちはきっと変わらないから。
< 127 / 217 >

この作品をシェア

pagetop