エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
真夏の日差しが降り注ぐ八月。
夏休み中にも関わらず、何処かに出かけることもなく毎日毎日習い事とその宿題に追われる日々を過ごしていた。
母親は四年前に事故で亡くなった。病院の院長として多忙な父親とは、同じ家に住んでいてもあまり会うこともない。
俺を後継として優秀な医者にする事しか考えていないのだろう。幼稚舎からエスカレーター式の学校に通い、放課後は様々な習い事をさせられ、お手伝いさんが作るご飯を食べて寝る。
医者になる選択肢しかなく、淡々とこなす毎日に自分の意志もない。俺は何のためにこんな日々を過ごしているのか、この頃自分でもわからなくなってきていた。
あの日も、あと一時間ほどで家庭教師がやってくるというのに、ただぼんやりと机の上の宿題を眺めているだけ。
ふと、なんとなく外に出たくなりお手伝いさんに気付かれないようそっと玄関のドアを開け家を抜け出した。
裏道を通って、隣接する病院の中庭まで歩いた。隅にある木陰は緑に囲まれていて、真夏でも風が吹くと涼しいお気に入りの場所だ。
ここはたまに気分転換に訪れる場所。他に人がいた事などほとんどないのに、その日は先客がいた。
パジャマを着た女の子。四.五歳だろうか、腕には点滴の痕が痛々しく残っている。
一人で気分転換したかったはずなのに、気がつけばベンチに座って折り紙を折っているその女の子に声をかけていた。
「こんなとこで何してるの?」
急に声をかけられ驚いたのか、びくっと少し肩を揺らしてからゆっくりと振り向いた。
少し癖のあるふわふわとした髪の毛に、真っ白な肌とくりっとした大きな黒目がちな瞳。可愛らしい顔立ちにピンクのパジャマ。まるでお人形さんのようだと思った。
「お兄ちゃん、だぁれ?」
「俺は香月柊哉(こうづき しゅうや)。こんなところで折り紙してたの?」
「うん、見つからないようにここにいたの...」
どこか寂しげで消えてしまいそうな儚さを感じるその子を、なぜか放っておけないと思い隣に座った。