エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
アサ <運命>
それからは忙しい日々の中でも、一緒にベッドに入れるときはお互いに求め合うようになっていた。
ついこの間まで、ただ抱き合って眠っていた事が信じられないほど...。
時には激しく求められ、私はクタクタになってしまう事もあるけれど、いつも翌朝スッキリと目を覚ます彼の体力には脱帽する。
身体を撫でられるだけで、奥が疼き始めるようになってしまった私は、もうすっかり彼に染められているのかもしれない。
でもそれが心地よくて、幸せで、どっぷりと彼の愛情に浸ってしまっていた。
そんな日々が続いたある日、私がお昼休憩から戻る途中、階段を登り切ったところでバタバタと廊下を走る足音が響いてきた。
近づいてくる足音に思わず立ち止まると、柊哉さんと水島先生が走ってきてぶつかりそうになる。
「きゃっ」
驚いたけど、彼が寸前で避けてくれたので衝突せずに済んだ。
「ごめん!」「大丈夫?」とそれぞれ声を掛けてくれたけれど、私が返事をする前にあっという間に階段を駆け降りて行った。
何かあったのかな...?
ナースステーションに戻り聞いてみると、救急から応援要請はあったけれど詳細はわからないとのことだった。
その日、二十二時過ぎに帰宅した柊哉さんは、珍しく疲れたような浮かない顔をしていた。
家では仕事の話はほとんどしないけれど、昼間の事も気になり、お風呂から出てキッチンで水を飲んでいる彼に近づく。
「あの、お昼、とっても急いでいたようでしたけど、何かあったんですか?」
「そうだ、あの時はごめん。大丈夫だった?」
「はい、柊哉さんが避けてくれたので。救急からの応援要請だったと聞きましたけど...」
するとグラスを持ったままソファに座り、ふぅーと深く息を吐き出す。
いつも凛としている彼が、こんなに落ち込んでいるような、疲弊したような姿は見たことがない...。
「優茉も座る?」と隣をポンポンとするので、ゆっくり近づいてそこに腰掛ける。
「昼間、車が歩行者をはねる事故があって四名が救急に搬送されてきた。その直前にも複数人が絡む事故があったようでドクターが足りなくて、水島先生と二人で降りたんだ」
「そう、だったんですね」
「そのうちの三名が赤タグで、かなり危険な状態だった。その中の一人で、頭部外傷の患者さんのオペに入ったんだけど、頭蓋骨の損傷がひどく急性硬膜下血腫も起こしていて、開頭した時にはもう、手遅れの状態だった...」
私には想像するだけでとても怖く、言葉が出てこない。
「医者だから、こういう経験は何度かしているんだけど。オペに入っておきながら、あまりに無力で...。
その患者さんはまだ三十代の女性で、オペの待機室に行くと、その女性の夫がまだ一歳くらいの小さな女の子を抱いて座っていたんだ。
...なぜか、その時、優茉の事が頭に浮かんで...。冷静で、いられなくなりそうで...」
思わず、ソファに膝立ちして彼の頭ごとぎゅっと抱きしめた。
私には想像すら出来ないくらいの緊張感やプレッシャーに耐え、命と向き合って戦っている彼は、本当にすごい人だ。
きっと一歳の時事故で母親を亡くした私とそのご家族が重なって、必要以上に心を痛めたのかもしれない。
ふわふわと彼の頭を撫でると、膝に乗せられぎゅうっと強く抱きしめられた。
私が彼にしてあげられる事なんてないかもしれないけれど、せめて心の痛みくらいは分けてほしい。
それで彼の心が少しでも軽くなるのなら...いくらでも分けてほしい。