エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
柊哉side

 救急へ応援に行き、そのままオペに入った。CT画像を見る限り、可能性はあると信じていたが、実際に開頭するとすでに絶望的な状態。

 このまま何もしなければ、確実に命は救えない。少しでも可能性があるのならと手を動かした俺に、水島先生は静かに首を振った。

 わかっている。医者は神ではないから、救えない命がある事は充分に思い知ってきた。
 しかし頭では分かっていても、自分の無力さに絶望しどうしようもなく心が張り裂けそうになる。

 それでも冷静に対処し、心が壊れないよう自分で保っていかなくてはならないのが医者の仕事だ。

 オペ着を脱ぎ、水島先生と共にご家族が待つ待機室へと足を向ける。
 悲情な報告も冷静に務めなければならないが、そこに待っていたのは女性の夫とまだ一歳ほどの小さな女の子。

 その瞬間、なぜか優茉の事が頭に浮かび、過去の記憶がフラッシュバックしたような感覚に陥った。

 ...なぜだ?この女の子が優茉の境遇と重なったから?
 
 それとも、この男性がもしも俺だったらと怖くなったからか...?

 心拍が乱れ、声が出ない俺に代わり水島先生が状況説明をすると、その男性は声もなく肩を震わせ、泣き出した女の子をただ強く抱きしめていた。


 「香月先生、大丈夫?」

 病棟に戻る途中、それまでほとんど口を開いていない俺に水島先生は優しく背中を叩いてくれた。
 それでもまだ頭が混乱して少し脈拍が乱れている俺は、「すみませんでした」と小さく呟き一人医局へと戻った。

 自分でもわからない感情に、どう対処したら良いのか答えは出ない。 
 ただ冷静でいられなかった自分は、医者としてあるべき姿ではなかったと反省が込み上げるだけだ。

 今までは、感情を押し殺しひたすら勉強に励む事で心を持ち直してきた。
 しかし今は、それだけではない何かが引っ掛かっているような感覚がある。

 優茉という絶対に失いたくない大切な存在が出来たから、臆病になっているのか?
 かけがえのない存在を亡くした痛みを、俺の心がまだ覚えているからか...?

 モヤモヤと霧がかった心を誤魔化しながらその後も業務を続け、何かに集中する事で一時的にでも忘れようとひたすら作業をしていた俺は、橘先生にもう帰りなさいと言われ重い腰を上げた。

 今まで誰かに弱音を吐いたり、心の痛みを話した事など一度もない。
 それでも、彼女なら受け止めてくれるような気がした。

 ありのままの、弱い俺を。
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