エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
柊哉side

 実家には明かりが灯っていて、久しぶりに使う鍵をキーケースから取り出す。

 リビングには父さんがいて、驚いた顔でこちらを見ている。

 「...柊哉、どうしたんだ?」

 「...いや、何もない。今日はここに泊まる」

 実家に泊まる事なんて、家を出てから一度もなかった。明らかに不自然な俺を、父さんは怪訝な顔をしながらも受け入れてくれたようだ。

 「...夕食は、食べたのか?」

 「あぁ、食べてきた。シャワー借りるよ」

 「借りるって...ここはお前の家なんだから好きにしなさい」

 風呂から出て、向かったのは母さんが生前使っていた部屋。
 今は片付いていて、ほとんど物はない。クローゼットから遺品が入った箱を取り出して、そっと蓋を開ける。

 そこには、二十六年ぶりに見る母さんが当時使っていた品が入っていた。俺はなぜこんな事を...。自分でもわからないが、しばらくそれらを眺め母さんの笑顔を思い出していた。

 そして自分の部屋へ戻り、手帳から色褪せたクローバーを取り出す。
 俺たちは、このクローバーをもらったあの日が初対面ではなかったんだ。

 運命って、何なんだろうな...

 優茉との思い出が頭に浮かび、目を閉じても彼女の笑顔や恥ずかしそうに照れた顔、唇を尖らせた顔に穏やかな寝顔...次々と瞼の裏に映り、消えてくれない。

 気がつけば、頬には冷たい物が流れ、ぽたっと地面に落ちる。
 涙を流したのは、きっと優茉にクローバーをもらったあの日以来だ...。



 翌朝、朝ご飯を作りにきた佐伯さんにはひどく驚かれたが、作ってくれたご飯を父さんと一緒に頂いた。

 実家で食事を共にするなど、何年ぶりだろう。俺が実家で暮らしていた時でさえ、たまにしかなかったのだから。

 「柊哉、お前そろそろ白河病院に行くんだろう?」

 「昨日院長から電話がありました。しばらくは向こうに行く事になりそうです」

 「...宮野さんは、どうするんだ?」

 「どうって...。一ヶ月程度だと思うし、別にどうもこうもないよ」

 「お前たち、いつ籍を入れるつもりなんだ?」

 「...まだ、わからない」

 「宮野さんと喧嘩でもしたのか?」

 「...いや、別にそういうわけじゃ」

 「お前、この間から様子がおかしいぞ。急に母さんの事を知りたがったり、わざわざここに泊まったり。何があるんだ?」

 「...まだ話せません。 佐伯さん、ご馳走様でした」

 「おい、柊哉!」

 食器を下げ足早に家を出て、父さんよりも早く病院へと向かった。
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