エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜

 彼女の笑顔に俺も安心したところで、少し冷静になりふと気がつく。...彼女はここにいていいのだろうか?

 「きみ、病室から一人で抜け出してきたの?お母さんとかは?」

 今はだいたい午後三時。たしか面会時間だったはずだ。

 すると先ほどの笑顔から一転、また儚げな彼女に戻ってしまった。

 「お母さん、いないよ。ずっと前に死んじゃったから。お父さんもお仕事で遠い国にいるんだって」

 思いもよらない彼女の言葉に、息が詰まる。

 そっか、この子も俺と同じなんだ...

 「俺も。お母さん、いないんだ。少し前に死んじゃったから。同じだね」

 そう言うと彼女は、大きな瞳をまん丸にして俺を見ていた。

 「本当に?お兄ちゃんも同じ?」

 「本当だよ」

 その瞬間、このまま彼女とどこか遠くへ消えてしまいたくなった。

 気がつくと、俺は彼女の小さな手をぎゅっと握っていて、ほとんど無意識に言葉が溢れていた。

 「一緒に、お空にいるお母さんのところに行かない?」

 自分でも、なぜこんなことを言ったのかはわからない。彼女にこの言葉の意味がどれほど伝わっていたのかも、わからない。

 ただ目の前の彼女は、ゆっくりと微笑んだかと思うと、ポロポロと涙を流し始めた。その光景がじわじわと滲んできて、彼女の顔がよく見えなくなる。
 あぁ、俺も泣いてるんだ...となぜか冷静に俯瞰で見ている自分がいた。

 すると突然、彼女が苦しそうに咳き込み始め、俺は慌てて自分の涙を拭って彼女の背中を撫でる。
 しかし、良くなるどころかどんどん呼吸が苦しそうになっていく彼女に「大丈夫?」と声をかけて背中をさすることしか出来ない。

 このままだとまずいよな...と焦り始めた時、大声で名前を呼びながらこちらに走ってくる白衣姿の人が見えた。
 その人は慌てて彼女を抱き上げてから俺を見て、「ありがとうな」と言ってすぐに走っていってしまった。


 その場に取り残された俺は、しばし放心状態だった。あんなに苦しそうにしていたのに、背中をさする事しかできなかった...

 明るい笑顔を見せてくれた彼女に、あんな事を言って俺が泣かせてしまったせいで...

 今まで感じたことがないほど暖かい気持ちをくれた彼女に、俺は何もしてあげられなかったんだ...。

 心に、罪悪感にも似た何とも言えない気持ちが残った。

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