エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜

 しばらく単調なコール音が鳴り響き、やはり寝ているかと諦めようとした時、少し掠れた声が聞こえてきた。

 「優茉か?どうした?」

 早口で焦っているようなお父さんの声。

 考えてみれば、私から電話をした事なんてほとんどない。ましてや時差も考えず夜中にかけてきたのだから、きっと何かあったのかと飛び起きてくれたのだろう。

 「お父さん、夜中にごめんね。少し、話がしたかっただけなの...」

 「いや、構わないよ。日本は昼過ぎだろう? もうお母さんの所には、行ってきたのかい?」

 「うん、午前中におばあちゃん達と」

 「そうか。...何か、あったのか?」

 「お父さんは...知っていたの?その、柊哉さんのこと...」

 迷ったけれど思い切って尋ねると、お父さんの声は聞こえなくなり十秒ほど沈黙が流れ、やっぱり今のは聞かなかったことにしてと言おうとした時

 「それは...、どういう意味だい?」と先ほどまでとは違う小さな声が返ってきた。

 「その...、香月総合病院の、院長の息子さんだってことを...」

 きっとそこまで言えば意味をわかってくれるだろうと、わざとそんな言い方をした。

 「優茉は...今日、彼の母親の事を知ったのかい?」

 「お父さん...やっぱり、知っていたの?だったらどうして、お正月に会った時言わなかったの?私たち、結婚しようとしていたんだよ? ...お父さんは、嫌じゃ、ないの...?」

 また長い沈黙が落ち、私の鼻を啜る音だけが響く。

 「優茉...黙っていて、悪かった。正直、彼を一目見て気がついたよ。名前を聞かなくても、あの時の男の子だとね」

 「...え?あの時のって、どういうこと?お父さんは彼に会った事があるの?」

 「ああ、一度だけね。お母さんの葬式の日、父親に連れられて来ていたんだ。男前の顔立ちが印象的で、でも終始俯いたまま今にも泣きそうなすごく悲しい顔をしていた。彼もまだ幼いのに突然母親を失って、どれほどの痛みと戦っているのかと思うと、胸が苦しくなったのを今でも覚えている」

 「そう...だったの?じゃあ、どうして...私が香月総合病院に就職するって言った時、お母さんが亡くなった病院だと教えてくれなかったの...?」

 「優茉の就職と、お母さんが亡くなった事とは関係はないと思ったからだよ。
 まぁ、今はそう思える、と言った方が正しいかもしれないな。
 優茉が小さい頃に入院していた時は、正直あの病院に行く事が辛くて...、だからほとんどお見舞いに行けなかった事は、今でも申し訳なく思っている。本当に、ごめんな」

 お父さん...。思いもよらなかった事実に、涙が溢れて声が出ない。

 「初めは本当に驚いた。彼を連れて来た時は、こんな偶然があるのかと目を疑ったよ。
 だけど二人を見て、本当に愛し合っているのだと分かったから、お父さんは二人が幸せならそれでいいと思ったんだ。
 ...例え二人が、その事実を知っていても、知らなかったとしても、ね」 

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