エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜

 それから十日ほど経ち、八週目に入ると途端に悪阻の症状が次々と現れはじめ、見た目は変わらなくてもお腹の中に赤ちゃんがいるんだという事を改めて実感していた。

 目が覚めてから眠る瞬間まで、一日中ずっと乗り物酔いをしているような感覚が続いている。
 そのため気持ち悪さでここ数日はほとんど食べられず、水分を摂るのもやっとな日もあり、身体の怠さから動けず一日中ベッドで過ごすことも。

 そんな状態でも、何とか仕事をしていたけれどそろそろ限界が近いことは私も気がついていた。
 柊哉さんもなるべく私のそばにいてくれたり、食べられそうな物を作ってくれたり忙しい中でも献身的に支えてくれ、仕事も私の意思を尊重してくれていたけれど、最近は辞めた方がいいとやんわり言われるようになった。

 確かに欠勤がちになっていて、天宮さんやパートの方にも迷惑をかけているし、この状態がいつまで続くのかわからない。後期に入るまで悪阻が続く人もいると聞いたし...。

 さすがに体調不良で通すには無理があった為、先日院長に報告した後で天宮さんと共に看護師長と橘先生には妊娠の事を伝えた。

 二人とも、私たちがほとんど同時期の出産と聞いて驚いていたけれど「ダブルでおめでたいね」と笑ってくれた。


 そして院長も、始業前に柊哉さんと共に報告に行くと、少し驚いてから「おめでとう」と柔らかい笑顔で祝福と私の身体を気遣う言葉をもらった。
 「そうか、孫か...」と噛み締めるように呟く姿が印象的で、今までに見た事のないほど優しい顔をされていたのが私たちも嬉しかった。

 そして院長の気遣いもあり、週に何度か佐伯さんが私たちの家の家事や食事の用意もして頂くようになり、とても助かり心強かった。



 そんな状態が一ヶ月ほど続いたある日。

 今朝も気持ち悪さでほとんど食べられず、トマトとバナナを一口ずつ食べるのがやっと。
 柊哉さんは夜中に呼び出しがあって病院へ向かい、その後も連絡がないのでおそらく緊急オペになったのだろう。

 そのため今日は歩いて出勤することになり、朝から強い日差しが照りつける中を日傘をさしてゆっくりと歩いて行った。
 なんだか久しぶりに外を歩いた様な気がして少し気分転換にはなったものの、暑さもあり病院に着いた時には体力がほぼ底をついたような状態。

 毎日のように水分だけは必ず摂るようにと彼に言われている為、ノンカフェインのお茶と仕事中にも口に含めるミントのタブレットをバッグに入れ、少し休憩してからナースステーションへと向かった。

 「優茉ちゃん、おはよう。体調はどう?少し顔色がよくない気がするけど」

 「おはようございます。今日は久しぶりに歩いてきたので、少しだけ疲れてしまって」

 「大丈夫?今日もなるべく座ってできる事お願いね。私は全然元気だから!」

 天宮さんの気遣いで最近は座ってできる業務を中心にやらせてもらっている。彼女も妊婦なので申し訳ないけれど、幸い体調は良いようでいつもと変わりなく動いてくれている。

 そして朝の申し送りで、柊哉さんは深夜に起きた事故により搬送された患者さんのオペに入り、今もまだ終わっていないと聞いた。

 彼も頑張っているんだから、私も頑張らないとと気合を入れ、最近異動してきた後任となる方に事務処理を教えながら仕事を進めた。


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