エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
柊哉side

 廊下に出て扉がしまった途端、彼女が困惑の表情で見上げてくる。

 「あ、あの...? 今のは...?」

 まだ院長室の前なので、彼女の耳元に小声で「訳は後で話すから、とにかくついて来てほしい」と言いながら背中を軽く押すと、素直に俺について来てくれた。

 聞けば彼女もこれから休憩に入るところだったと言うので、一緒に昼食を食べながら話をする事に。
 とはいえ、誰かに聞かれるわけにはいかない。二人きりで話せる場所がいいと思い、医局の奥にあるほとんど使われていない小さな会議室に連れて来た。

 お弁当を持って来ている彼女に合わせて、俺も適当におにぎりを買って来たので食べながら本題を切り出す。

 「突然の事で驚かせてごめん。あの場で話を合わせてくれてありがとう」

 まずは謝罪とお礼を伝えてから、事の次第を説明すると「そういう事だったんですね」と落ち着きを取り戻した彼女が、お弁当を食べながら相槌をうつ。

 「俺があんな風に言ったから、もしかしたら君のところに院長が何か言いに来てしまうかもしれない。迷惑をかけたら申し訳ない」

 「いえ、私は大丈夫ですけど...。その場合は何とお答えしたら良いのでしょう...?」

 「うーん、そうだな...」

 俺は、先ほど思いついた突拍子もない計画を、彼女に話すか迷っていた。こんな事を言ったら、どんな反応をされるだろうか...
 考え込んだ俺に、彼女は食べる手を止め箸を置いて、真っ直ぐにこちらを見ていた。

 「あの、私で良ければどんな事でも協力します。以前助けていただいた恩返し...になるとは思っていませんけど」

 控えめな笑顔でそう言う彼女が、いじらしくて、可愛くて...たまらなかった。

 「...じゃあ、一つ頼みたい事があるんだ」

 にこっと笑って「はい!」と少し嬉しそうに答える彼女。
 

 「二ヶ月後のお見合いを断るために、婚約者のふりをしてくれないか?」




 「......。っえ⁈」


 どれくらい間があっただろう。二人の間の空気は完全に静止し、静寂に包まれたあとで彼女は驚きの声をあげた。

 「え、えっと...。そ、それはどういう...」

 驚き戸惑ってはいるが、最初に否定の言葉が出なかった事に内心ほっとしていた。

 「おそらく院長は、秘書を使って俺たちの事を探り始めると思う。そして、少し経ったら今度は三人で会おうと言ってくるだろう。だから、そこで違和感を持たれないようにしないといけない」

 「な、なるほど...」

 「その為に、お互いに共通の認識を持って、二人の間の空気感を自然な物に見せないとバレてしまうと思う」

 「そ、そうですね...。でも、どうしたら...?」

 「俺はオペに入る事も多いし、休みもあまり取れないと思う。この約一ヶ月も、ほとんど君との接点はなかっただろう?」

 「は、はい」

 「だから、今のままでは無理だと思うんだ」

 戸惑いながらも相槌を打つ彼女に、俺は決定打を放つ。

 「それまでの間、俺の家で一緒に暮らしてほしい」

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