エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜

 先生とのお出かけは、朝から少しドキドキしたけれど、とても楽しかった。

 行きたかった場所、見たかった景色、食べてみたかった物も全部わくわくして少しはしゃいでしまったかもしれない。
 私が行きたい所に連れ回してしまったけれど、先生は終始穏やかな笑みで、一緒に来られて嬉しいと言ってくれる。

 本当に優しくて、素敵な人...

 昨夜のハグから、頭を撫でられたり、手を繋いだり...急にスキンシップが増え、恥ずかしくて戸惑ってしまうけれど、やめて欲しいとは思わない。

 でも、どうして急に...?
 院長と会う日が近付いているから、甘い雰囲気を出すために...?

 わかってる。勘違いはしていない。でも... 先生にあんな事をされてドキドキしない人は、いないと思う。

 これは...きっと不可抗力。

 自分の気持ちを考え始めたら...、絶対に後悔するだけ。小説のヒロインにでもなった気分で、擬似体験していると思わないと。
 
 いや、実際に仮の婚約者なのだからもういっそ開き直って、恋人のように演じてしまってもいいのかも...?

 先生は、どう思っているんだろう...

 私に仮の婚約者として、どれほどの事を求めているの?


 観覧車を降りてから、思考がぼんやりとして頭がすっきりしない。
 けれど、もうすっかり陽も暮れて寒くなったので車へと戻り、夕方にカフェでケーキを食べたのでお腹もあまり空いていないため、ひとまず東京方面へと車を走らせる事になった。

 窓から過ぎていく景色をぼんやりと眺めながら、答えの出ない問いをひたすら考えていた。

 そんな私に気づいているのか、先生も口数は少ない。しばらく走ってから、夕飯はどうしようかと聞かれたけれど、正直頭がいっぱいで空腹は感じていなかった。

 「たくさん歩いたし、今日は疲れただろう?何か買って帰ろうか」

 答えに迷っている私に、先生はそう提案してくれたので、マンションの近くにある和食屋さんでお料理をテイクアウトして帰ってきた。

 家に帰り食事を終えて、それぞれお風呂に入ったところで私の心はだいぶ落ち着き、頭も少しスッキリしてきた。

 先生は明日もお仕事があるみたいだし、久しぶりにたくさん歩いて程よい疲労感がある。
 ソファには座らず、そのまま寝室へ行き先にベッドに入って毛布に包まり温まっていると、少しして先生も入ってきた。

 「大丈夫?疲れちゃった?」

 「大丈夫です。少し足の疲労感はありますけど。先生はずっと運転もしてくださったので疲れましたよね?今日は本当に楽しかったです、ありがとうございました」

 「よかった、少しは普段のお返しができた?俺も楽しかったし、いい気分転換になったよ。また休みの時は一緒にどこか出かけよう。行きたい所、考えておいて」

 また、一緒にお出かけ出来るのかな...?

 「お返しなんて...。むしろ今日の事を私が何かお礼しないといけないくらいです」

 忙しい中の貴重な休日を使って頂いた私は、感謝しかないのに。

 「じゃあ、今くれる? お礼」

 「...え? はい、でも、今は何も—」

 用意していないと言おうとしたけれど、先生は少し近づき私の両脇に両手を差し入れる。
 急なことに何をされるのか少しパニックになっていると、先生は私を少し持ち上げてあぐらをかいた自分の膝へと乗せ、向かい合う形でぎゅっと抱きしめられた。

 こ、これは...... これも、ハグ?

 こんなに密着度の高いハグ、初めて...

 先生の肩に乗せるかたちとなった私の頭を、大きな掌が優しく撫でている。
 目の前には男性らしい少し血管の浮き出た首筋...。そしてシャンプーの香りが鼻を掠めて、さすがに動悸が抑えられない。こんなにピッタリとくっついていたら、絶対に私の心臓の音、聞こえているよね...。

 「昨日良く眠れたから、今日も少しだけ...こうさせて?」

 耳元でそんな風に囁かれたら...抵抗なんてできない...いや、したいとも思っていない。それどころか、自ら先生の背中に腕を回している自分がいる。

 体温を分てもらっているようで、気がつけば冷えていた指先まで温まっていく。そして胸の奥からも、温かいものがじわじわと溢れ出すような感覚...

 私、やっぱり、先生のこと...

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