エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
柊哉side

 優茉とはあれから、何かと理由をつけては毎日のようにハグをしている。彼女はどう思っているのかはわからないが、初めて抱きしめた時の体温や安心感、心がふわっと浮くような幸福感が今でも忘れられない。

 スキンシップを増やして、少しは俺のことを男として認識してもらえたらと思っていたが、そこから好きになってもらう為にはどうしたら...

 正直、今はわからない。

 食事や家事など俺の為に色々としてくれる優茉に、何をしてあげられるだろうか。
 彼女は決して物や見返りを求めるようなタイプではない。だとしたら、優茉が恋人に求めるものとは...

 それに昨日も帰ってからすぐに呼び出しがあり、優茉とゆっくりする時間は取れなかった。あまり時間がない中で、俺は何が出来るだろう。

 そんな事を考えている時間も束の間、次々とやらなければいけない事が迫ってくるので頭を切り替える。

 結局昨日は帰る事が出来ず、二時間ほど仮眠室で眠っただけとなり朝を迎えた。
 優茉が朝食まで用意してくれた事には驚いたが、忙しいと食事を疎かにする俺の行動パターンはもう読まれているようだ。でも、それがとても嬉しかった。

 彼女が出て行ったあと、まだしっかりと温かさの残るお味噌汁を飲むと、身体中に染み渡りエネルギーが湧いてくるような感覚がした。寝不足ではあるが、優茉のおかげで今日も一日頑張れそうだ。


 午前中、昨日俺がオペをした患者さんのご家族に病状や今の状況などを説明し、入院手続きをする為に一緒に入室した優茉を残して先にナースステーションへと戻った。
 ある患者さんの事で、担当看護師の風見くんと話をしていると、しばらくして優茉がご家族を見送りに行く姿が見えた。

 会釈をする俺に、笑顔で応える母親と手を振っている男の子...。
 少なくとも俺が退室するまで、母親は涙を流し、彼は幼いながらに父親の事を理解したのか、ずっと俯いて黙ったまま椅子に座りじっとしていた。
 それがこの短時間であんな風に笑顔を見せている。そして反対の手に握られているのは...折り紙?

 同一人物とは思えないほどの変化に一瞬面食らったが、なんとか手を振り返した。そして耳に入って来た天宮さんと優茉の会話。

 やっぱりあの親子は、彼女のおかげで笑顔になれたんだな。

 俺は医者になってから、オペや処置をして病気を治す事は出来ても、患者さんの心の傷を治す事までは出来ないのだと知った。
 だからこそ、普段から患者さんと接する事が多い看護師やリハビリのスタッフとも連携を取って、チームで身体だけでなく心までケアしていく事が大事だとわかった。

 患者さんやご家族の気持ちに寄り添って、前を向かせる事が出来る優茉はやはりすごい。このチームには欠くことの出来ない人だ。
 少ししか見えなかったが、あの親子が持っていたのはおそらく折り紙で作った四葉のクローバー。


 やっぱり、優茉だったんだ。

 彼女の優しさは、あの時から何も変わっていない。

 そうだ。俺はあの時、病気だけでなく優茉を悲しみからも救ってあげたいと思ったんだ。

 でも、どうしたら救う事ができる?

 そもそも、彼女はそれを望んでいるのだろうか。

 そしてその権利が、俺にあるのだろうか...。

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