エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜

 その日の夜、夕飯の支度を終えてソファで先生を待っていると友人から電話がかかってきた。

 「もしもし?麻美?」

 彼女は神谷 麻美、私の中学時代からの親友。
 ちょうど小説にハマり休み時間も本ばかり読んでいた私は、クラスの中心となっている女子達にちょっとした嫌がらせを受けていた。
 気づいてはいたけれど、その事に何も言わないでいる私を見かねて、ある時麻美がその女子達を一喝してくれた。なぜ言い返さないのかと私も麻美に怒られたけれど、それがきっかけで仲良くなり今でも何でも話せる一番の親友だ。

 「優茉?今電話して大丈夫?ちょっと聞いて欲しいの!」

 「うん、どうしたの?」

 「実はね...私、春樹と結婚する事になったの!」

 「えっ⁈ 本当に?おめでとう!」

 麻美には大学生の頃からずっと付き合っている春樹くんという同い年の彼がいて、春から同棲を始めたが上手くいかないと悩んでいた。

 お互いに予定が合わず、前回やっとの事で麻美と食事を約束した日は、私が入院してしまい会う事が出来なかった為、その後が気になっていた。

 「あれから色々話し合ってね、お互いに歩み寄ろうって事になったら上手くいくようになって。先週プロポーズされたの!」

 「よかったね、麻美!本当におめでとう」

 親友の嬉しい報告に、思わず涙が溢れた。

 すると、ガチャっとリビングのドアが開く音が聞こえ振り返ると、先生が立っていた。
 電話中だったので声を出さずに、おかえりなさいの意味を込めてニコッとして少し頭を下げたけれど、なぜか先生は驚いたような顔をして近づいてくる。

 「優茉?どうした?」

 何のことかわからず、とりあえず電話中だとジェスチャーで伝えるけれど、先生は構わず私を抱きしめる。

 「えっ?あ、あの?」

 もちろん電話の向こうの麻美にも聞こえていて「優茉⁈ちょっと今どこにいるの?男の人の声がしたけど!どうしたの⁈」と大きな声が聞こえてきて慌てる。

 「と、とりあえず今度説明するから!また連絡するね!」とそれだけを伝え急いで電話を切った。

 「せ、先生? どう、されたんですか...?」

 私の問いには答えず、一度強くぎゅっとしたあとで離され、私の顔を覗き込み両手で頬を包んで、親指で目の下を拭われる。

 あっ、私が涙を流していたから...?

 「優茉、泣かないで?もう二度と、優茉の涙は見たくない」

 そう言う先生は、どこか痛そうなほど切ない顔をしていて、驚いた...。

 どうして、そんな顔をするの...?

 もう二度とって...?

 疑問はあるけれど、とにかく心配させてしまったようなので、誤解だと伝える。

 「違うんです。泣いていたのは、友人が結婚する事になって、それが嬉しくて...」

 「...結婚?そうか... 。電話の邪魔をしてごめん、着替えてくるよ」そう言うとパッと私から離れ、自室へと入って行ってしまった。


 先生、どうしてあんなに悲しそうな顔を...?

 なぜだか分からないけれど、先生の悲しそうな顔を見た途端、私が彼の悲しみも寂しさも、全てを払ってあげたいという衝動に駆られた。
 本当はずっと、悲しみや寂しさを心の奥に隠してきたの...?お母さんを早くに亡くされて、お父さんとは仕事上のような関係。先生は、家族の愛を知っているの?心の内を曝け出して、癒してくれる人はいたの?

 初めこそクールな印象だったけれど、先生はとても優しくて温かい心を持っていて、そして本当はとても繊細な人なんだと思う。

 母親を亡くした同じ悲しみを知っている私が、先生にしてあげられる事はないのかな...?


 その後は、いつも家にいる時の柔らかい表情に戻っていたけれど、二人で寝支度をしてベッドに入ると「優茉、こっち向いて?」と言われ、身体を先生の方に向けると少し近づいてきて頭を撫でられる。

 初めはドキドキして何も考えられなかったけれど、少しずつスキンシップにも慣れてきて、頭を撫でられるのは気持ち良くて好きだと気づいた。

 されるがままにしばらく髪や頬を撫でられ、私は目を閉じる。するとグッと近づいてきた気配を感じたのと同時に、温かい身体と香りに包まれていた。

 さすがにドクンドクンと心臓がうるさくなってきたのを感じたけれど、この温もりから離れたくない。

 再び頭を撫でられ目を閉じると、身体がふわぁっと軽くなるような、心が溶けていくような感覚がして、あっという間に心地良い微睡に包まれる。 

 頭の上から「おやすみ」と優しい声が、微かに聞こえた気がした。

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