エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
ロベリア <悪意>
先生と二人ゆっくりとした週末を過ごし、月曜日を迎えた。
今日は日差しがとても暖かいけれど、コートが必要なほど肌寒い日もあり、寒暖差が激しい時期。
厚手のコートは自分の家に置いてきているので、そろそろ取りに一度家に戻ろうかなと考えながら病院までの道を歩いた。
人手不足が解消するにはもう少し時間がかかるそうで、今日も事務作業の合間を縫ってできる限りのお手伝いをしていた。
午後からは入院される患者さんをお迎えに行き、お部屋までご案内する。
ソファやテーブルが置いてある少し広めの個室部屋。ここに入院されたのは、北条 静子さんという七十二歳の女性だ。
部屋に入り、一通りの説明を終えるとソファに腰掛けた彼女は、浮かない表情でため息混じりに言葉を漏らす。
「はぁ、今日からどのくらいここにいなきゃいけないのかしら。息子たちにちゃんと手術を受けた方がいいって言われて、決心してきたんだけど。やっぱりここに来ると心が揺らぐわね」
北条さんは、検診で髄膜腫が見つかったそう。髄膜腫はゆっくりと成長するため、特に症状が出る事なく数年経ってしまい、MRIなどの検査を受けた際に発見される事も多いと聞く。
自覚症状がなくても、そのまま放置するのは色々とリスクがある。
北条さんの場合、蝶形骨縁髄膜腫といって蝶形骨縁の深部に発生している為、太い血管や視神経がからみつきオペの難易度はかなり高いそう。
術後、脳梗塞や視神経への障害が残る可能性がある為、その事もあり現状問題なく生活出来ている北条さんは、なかなか決心がつかなかったのだろう。
このオペの執刀医は香月先生になっていた。難しいオペと聞くけれど、先生ならきっと大丈夫、私はそう思っている。
「私、昔から体だけは丈夫でね。入院なんて出産の時くらいなのよ」
「そうでしたか、不安になりますよね。
私はクラークの宮野と申します。看護師ではありませんが、私で出来ることがあれば遠慮なく仰って下さい」
ありがとうと微笑んでくれたけれど、その顔はとても不安そうだった。
その後も北条さんの事が気になり、時間を見つけては病室に顔を出していた。
担当看護師の風見さんに相談し、香月先生の許可を得てから、冷え性でなかなか眠れないというので温感アロマオイルで足をマッサージしたり、手のツボ押しをしながらよくお話をした。
靴下を履いたまま眠られていたので、体温調節のしやすいレッグウォーマーをおすすめした次の日には、可愛らしいピンクと白の水玉模様のレッグウォーマーをされていた。
「さっそく買ってきてもらったのよ」と笑う北条さんは、パジャマ姿でもどこか品があって、可愛らしい笑顔は年齢よりもお若く見える。
入院して数日経つ頃には、検査に疲れたと仰る事もあったけれど、普段はなかなか会いにこない息子たちや孫も心配して会いにきてくれるそうで、「入院も悪くないわね」とおどけていた。
入院当初よりもリラックスした笑顔が増え、「家族のためにも、手術して治す事を前向きに考えられるようになってきたわ」と話してくれた時は、とても嬉しかった。
勤務が終わり帰宅したけれど、先生は今日も帰れるか分からない為、夜ご飯は作らないでと言われた。
ここ数日、先生はとても忙しいようで帰りも遅く、お家にいる時間もほとんどを勉強に費やしている。
自室にいる事が多くて、ベッドに入るのも先生の方が遅いので最近はあまり顔も見られていない状態だ。