エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
柊哉side

 先日入院された北条さんのオペについて、他の先生たちとも何度も検討を重ねていた。

 だいぶ厄介な場所に腫瘍がある為、難しいオペになる事が予想される。執刀医は俺だが、ベテランの橘先生にも立ち会ってもらうことになった。

 北条さんはまだ現役で仕事をされているし、絶対に後遺症を残したくない。無事にまた元の生活に戻してあげたい。
 どんなに勉強や準備をしても、実際に開けてみないとわからないこともあるが、できる限りの事をして臨みたいと思っていた。

 しかし、初めて北条さんにオペの説明をした時はかなり渋っているようだった。決心してきたはずだが、直前になって怖くなりなかなか踏み切れないという様子だ。
 それでも予定通り、オペに必要な検査や投薬をして準備を整えていく。

 北条さんは国内最大手の医療機器メーカーH&Uの会長だ。うちとも昔から繋がりがあり父親の友人でもある為、俺も何度も顔を合わせた事がある。なので、時間が空くとちょくちょく顔を出して話をしていた。

 そうしているうちに、少しづつ表情は柔らかくなりオペにも前向きな言葉が出るようになってきた。
 聞けば、お見舞いに来てくれた息子さんやお孫さんのためにもやっぱりまだ元気でいたいと思ったそう。

 そして、入院生活にはかなり不安があったが、ちょこちょこ顔を出して話し相手になってくれたり、マッサージをしてくれたり、親身になってくれる優茉のおかげで想像よりもずっと快適に過ごすことができ、気持ちも前向きになれたと言う。

 やはり優茉はすごい。彼女の優しさには、人を前向きにさせる力がある。
 その後も北条さんは、優茉の事がとても気に入ったようで、会うたびに彼女の話をしていた。


 そして、いよいよ迎えたオペの日。
 出来る限りの準備はしてきたので、あとは集中力を切らさずいかに正確に速く終わらせることができるかだ。

 実際に腫瘍を目の当たりにすると、幾つもの血管や神経が強く張り付いているような状態で、少し緊張感が走った。しかしそれは予想通り、想定内。そう自分に言い聞かせ冷静になる。
 これらを少しでも傷付ければ後遺症が残る可能性が非常に高い為、一度深呼吸をして肩の力を適度に抜き、再び指先に全神経を集中させた。

 橘先生のフォローもあり、予定していた所要時間よりも早い六時間半ほどでオペを終えた。
 ようやく緊張感から解放され身体は力が抜けたが、アドレナリンが過剰に分泌されている頭はまだ興奮状態だ。

 なぜだか無性に優茉に会いたくなり、思い切り抱き締めたい衝動に駆られる。

 現在の時刻は午後四時すぎ。優茉の退勤時間にはまだ時間があるし、北条さんの容体が安定するまでは俺も帰れないだろう。
 それなら少しでも顔を見に行こうと、用事があるふりをしてナースステーションへと向かった。

 しかしそこに優茉の姿はない。残念に思いながらも、病棟の様子を見て戻ろうと歩き始めると、病室から男の子と手を繋いで出てくる優茉を見つけた。

 あの子はたしか...、事故で運ばれオペをした山岸さんの息子の瑞稀くん。前に優茉が四葉のクローバーを折ってあげていた子だ。

 山岸さんは事故による後遺症もなく、想像よりもずっと早く回復した。足の骨折があり、まだリハビリ中だがそちらもかなり順調に進んでいるそう。優茉と瑞稀くんの後ろから、車椅子にのる山岸さんとそれを押す奥さんの姿も見える。
 三人とも、とてもいい笑顔をしている。

 「山岸さん、調子良さそうですね」

 「はい、お陰様ですっかり元気です。まだ足はリハビリ中ですけど、瑞稀と少し散歩に行ってきます」

 優茉と手を繋いでいる瑞稀くんも、奥さんもとても嬉しそうだ。患者さんやご家族のこういう姿を見た時、なんとも言えない気持ちが湧き上がってくる。

 感動?いや、安堵か?わからないが、とにかく心の底からただただ良かったと思う。
 オペをした患者さんがこうやって元気な姿に戻り、家族が幸せそうに笑っている光景。
 医者として、ここで初めてオペは無事に成功したんだなと実感する。そして、一人の男としては少し羨ましささえ感じる。

 ダメだな、優茉の顔をみたら衝動がさらに大きく膨らんでしまった。それに、子どもとはいえずっと手を繋いでいる必要はあるのか?と、カッコ悪過ぎる感情さえ芽生え始めている。

 モヤモヤした感情を抱えたまま医局に戻ると、北条さんは見ておくから今日は早く帰って休みなさいと言ってもらったので、お言葉に甘え早めに上がらせてもらう事にした。
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