エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
柊哉side

 優茉が家を出て行ってから、家の中は寒く暗いだだっ広い空間になった。とてもここに帰ってきたいとは思えない。

 あの夜、優茉を抱きしめて眠ったはずなのに、気づけば彼女の姿は何処にもなかった。

 どうして何も言わずに出て行くんだ...

 悲しさと焦りが入り混じった複雑な気持ちで、優茉が用意してくれた朝食を一人で食べた。

 それからはメッセージを送ってもほとんど返事はなかった。家を出て行ったのは、やはり荷物や掃除のためではなさそうだ。
 まるで俺との繋がりを断とうとしているように見える。
 
 焦りから、わざと用事を作り優茉との接点を持とうとしたり、何とかもう一度二人で会ってもらえるよう休日を空けておいて欲しいとわざわざ予定表まで印刷させる始末。

 きっと何かあったのだろうが、全くその理由を掴めない。強引に聞き出すことも出来ないし、どうしたら...。

 医局でパソコンを見ながら、下のコンビニで買ってきたサンドイッチを食べていると、橘先生が隣に座った。

 「最近お弁当はどうしたの?作ってくれる人が出来たんだって僕も嬉しかったのに。何かあったの?」

 「まぁ、ちょっと色々と...」

 「喧嘩でもしたの?そういう時は男から謝った方が賢明だよ。結婚してるわけでもないのに毎日お弁当作ってくれるなんて、献身的でいい子なんだろなぁて思ってたよ」

 「いや、喧嘩をした訳では...。理由はわからないんですけど、家を出て行ってしまって...」

 自分ではどうしたらいいのか分からず誰かに聞いて欲しくなり、つい話してしまった。

 「えっ、一緒に住んでたの⁈」

 「まぁ、一応そうですね」

 「へぇ、そんな子がいたなんて知らなかったよ!じゃあ、結婚も考えていたんだろう?なのに突然出ていってしまったわけか...。
 理由を聞けるような状態じゃないの?」

 「メッセージもほとんど返信してくれませんし、避けられているような状態ですね」

 ふぅーん?と少し考えるような仕草をする橘先生。
 俺は何を言っているのだろうと後悔し始め、話を終わらせようとした時。

 「きっとその子、君に献身的でとても思いやりがある。優しくて自己犠牲を払ってしまうようなタイプじゃない?」

 「...どうして、分かるんですか?」

 「ま、生きてる年数が違うからね〜。君よりは恋愛してると思うし?
 そういうタイプの子が何も言わずに出ていってしまうという事は、もしかしたら君のためかもしれない」

 ......俺の、ため?

 「君に何か迷惑がかかるかもしれないとか、自分とは関わらない方がいいとか、そういう考えで自ら身を引いたってことも考えられるんじゃないか?」

 そんな事、考えてもいなかった...。

 でもなぜ今?俺が見合いを断るために協力してくれようとしていたはずなのに?

 「ははっ。思い当たるところがあるかい?君は立場的にも色々あるとは思うけれど、自分がこの子だ!って思ったらちゃんと繋ぎ止めておかないと後悔するよ?
 院長だって、君に早く家庭を持って欲しいと思っているよ」

 「...院長が?」

 「ああ。仕事や勉強ばかりしていて、もういい歳なのに結婚もしないつもりなのかって心配していたよ。
 院長はああ見えて君の事をとても心配している。やり方が不器用だとは思うが、ちゃんと君の事を想ってるさ」

 ...業務的な会話しか交わさず、突然見合いなんかを勝手に決めてきたのに?

 「院長は君に幸せになって欲しいだけだよ。親としてね」

 院長の話はあまり納得できないが、橘先生と話してよかったかもしれない。

 たしかに優茉なら、俺に迷惑がかかると思えば自分から出て行く事を選ぶだろう。
 でも何故だ?その理由がわからない...

 結局もやもやした気持ちは残ったが、休憩を終え午後からの回診の為病棟へと向かった。
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