エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜

 就職が決まってから一人暮らしを始めた家までは三十分ほど。
 6畳の1K、なるべく家賃を抑えたかったので贅沢はしないと決めていたけれど、結果的に一人で住むには十分な広さだった。

 オートロック付きという条件を優先させたので、駅から少し歩くのは仕方ないこと。何を作ろうか考えながら、途中にあるスーパーで買い物をしてから家に帰るのが日課になっている。

 「ふぅ、ただいまー」

 荷物を置いてルームウェアに着替えるとさっそく料理にとりかかり、今日も帰り道に考えたメニューを作る。

 私に料理を教えてくれたのはおばあちゃんで、祖父母は小さいながらも近所で評判のお弁当屋さんを営んでいる。
 だし巻き卵や唐揚げ、炊き込みご飯などお弁当の定番おかずを作る事は得意なので、毎日のお弁当作りもそれほど大変だとは思わない。

 今夜の夕食は、花粉症対策には青魚が良いと昨夜テレビで見たので鯖を買い、味噌煮にして昨日作っておいた卯の花や野菜スープと共にローテーブルへ運ぶ。

 「いただきます」

 お行儀はよくないけれど、ご飯を食べながら仕事で使っているメモ帳を開き今日一日を振り返りと、脳外科の看護ケアについて書いてある本を読むのも最近の日課。

 食事を終え後片付けを済ませ、シャワーを浴びて寝る準備を整える。本棚の上に置いてある写真にむかって、おやすみなさいと言ってからベッドに入るのが私の毎日のルーティンだ。


 写真に写っているのは、まだ一歳になったばかりの私を抱く母。体調を崩した私を病院に連れていく途中、交通事故に遭ったそう。
 なので母の記憶はもちろんなく、父は商社勤めで忙しく私が幼稚園の頃には海外勤務となり、今もアメリカにいる。

 そのため親と暮らした記憶はほとんどないけれど、父方の祖父母が忙しいながらも愛情を込めて育ててくれたので、寂しいと思った事は一度もなかった。
 生まれつき体が弱く、たびたび風邪をひいては悪化させ入院していた面倒な私のことを、見捨てることなく育ててくれた祖父母には本当に感謝している。
 とは言っても、私は小さい頃の記憶が極端に乏しく何故かほとんど覚えていないのだけれど...
 
 
 ベッドに入ってからは、唯一の趣味である読書タイム。柔らかい毛布にくるまって、大好きな推理小説を読むこの時間がたまらない。
 恋愛小説も大好きで、自分でも書いてみたいという思いが募り、ニ年ほど前からケータイ小説の執筆も始めた。

 あまり恋愛経験はないので、ほとんどが理想を含む妄想のような物語だけど、私が描く世界を楽しんで共感してくれるコメントが届くと、すごく嬉しかった。
 それに、実際の恋愛は上手くできないけれど、物語の中の二人をハッピーエンドに導くことは、擬似体験のようで自分も幸せな気分になれる。
 
 次のプロットを考えたり、先週買ったばかりの小説を読んだり、ひと時のリラックスタイムを堪能してから間接照明のあかりを落とした。


 他人から見れば変わり映えのない毎日だけど、私にとってはこれが落ち着く。
 今日は新しい本を買えたとか、味付けが上手くできたとか、仕事が順調だったとか。そんな小さな喜びを感じながら生きる日々が好きだし、これからもずっとずっとこのまま平和な毎日が続いていけばいい...そう思っていた。

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