愛の充電器がほしい
第1話
きしむベッドの上に
重なり合うふくらはぎが
冷たかった。
月明りが窓から差し込んでいる。
美羽は、
ぶかぶかのワイシャツのボタンを
閉めなおした。
ベットの横で
タバコの煙が宙を舞う。
眼鏡とライターが棚に置かれていた。
うす暗い部屋の中、
美羽のスマホの画面が光った。
「充電無いや…。10%だ。」
赤く光る電池のマークが
右上にされていた。
電波は4本も立っていて、
WI-FIもつながっているのに
電池だけが少なかった。
「もう、会うのやめない?」
「…ふーん。そうなんだ。」
「自分のしていること分かってる?」
「分かってるも何も…。
本能のままに生きてますから。俺は。」
美羽は乱雑に置かれた
黒の自分のジーンズを
履いた。
ぶかぶかのワイシャツから
フリルの長袖シャツに着替えた。
散らかった靴下にバックから漏れた
財布や化粧ポーチを拾って入れなおす。
洗面台に行って、取れた化粧を直した。
ファンデ、眉とアイシャドウ、
アイライナー、
口紅のフルメイク。
棚に置いていたシルバーピアスを
両耳につけた。
「充電器ならあるよ。ほら。」
「あなたの充電器なんかいらんわ。」
拓海は、立ち上がって、
美羽の後ろにまわっては腰まわりに手をあてた。
「何、化粧なんかしてんのさ。
もう、真夜中だよ?」
「真夜中でもなんでも、私は行く。」
「???
なんでよ。」
「もう、嫌になった。」
「急に?
美羽、突然過ぎない?
なんで?理由は?」
「理由はありまくりだわ。
私は冷めたって言ってんの。」
「えー…。」
「自分の胸に手をあてて
よーく考えなさい!!」
バックに肩をかけては早々に
玄関を勢いよく開けて部屋を出る。
アパートの一室、夜の午前1時。
終電はとっくに逃してる。
ヒールの音が響いて、
ご近所に申し訳なく思ったが、
それどころじゃない。
何が不満かって、
スマホの電池が
もちろんなかったことも
原因としてあるが、
ベッドの近くに誰のかわからない
女もののピアスが落ちていた。
洗面台の歯ブラシケースには
ピンク色の歯ブラシが入っていた。
冷蔵庫には、拓海が嫌いと言っていた
炭酸ジュースが入っている。
見たこともない可愛すぎる食器洗いの
スポンジもシンクにあった。
いろんなことが目について
信じられなくなった。
今日は、雰囲気にのまれて
そのまま拓海のペースに合わせて
しまった。
もう、こんなはずじゃなかったのに。
付き合いが長いと思っていた。
かたい絆で結ばれていたと思っていたのに
遊ばれていたのは自分の方だと気づいた。
同棲を拒んでいたのは、
本命彼女がいたからか。
いろんな想像が沸き起こる。
私はただの体だけの関係なのか。
都合のいい関係。
もう、こんな自分は嫌だと、
髪をかき上げた。
涙がいつの間にか出ていた。
ふと、公園のベンチに腰かけて、
今の心を救ってくれそうな青白く光る
自動販売機が目についた。
小銭を入れて、今一番飲みたい
カフェオレ缶を選んだ。
温かい。
無人だから真夜中でも対応してくれる。
なんて優しい自動販売機。
くるっとキャップを回して、
ほーっとため息をつきながら、
一口飲んだ。
月がぼんやりと光るのが見えた。
明日は仕事は休みだけど、
あまりいい気持ちがしない。
振ってもないし、振られてもいない。
でも、空虚感が半端ない。
確かめたわけじゃないが、終わった気がした。
ネクタイにサラリーマンであろう
スーツを着た男性が、
ふと街灯の近くをフラフラと歩いていた。
この際、
誰でもいいから心救ってくれないかと
変な妄想を掻き立てる。
真夜中だというのに
全然怖さなど1ミリも感じなかった。
酔っぱらっているんだろうとわかった。
近くの自動販売機に吸い寄せられて、
何かを買っていた。
ガコンと缶が落ちてくる。
まさかの美羽と同じカフェオレを
飲んでいた。
同じものを飲むなんてと
少し気持ちがほっこりした。
数メートル離れたベンチに座って、
カフェオレを飲んでいる。
美羽も同じようにさっきのカフェオレを
ごくりと飲んだ。
今までずっと気づいていなかったのだろう。
こちらを見ては、びっくりしたようで
ざざっと後ずさりした。
「す、すいません。
誰もいないと思ってました…。」
「…いえ、大丈夫です。」
美羽は、小さい声で受け答えした。
変な間が空く。
「こんな真夜中に危ないっすよ。
女子は…。」
心配そうに眉をかがめて言う。
「あ、女子と思ってくれるんですね。」
「え?まさか、元男性だったんですか?!」
「え?!違いますけど。
れっきとした女です。」
「…ですよね。
びっくりした。
今、そういうの
デリケートだから。
聞いちゃいけないかと
思ってしまいました。」
美羽は、くすっと笑って、
口もとをおさえた。
「面白いですね。」
「え、あ…。
ありがとうございます。
って、芸人じゃありませんけど。」
笑いがとまらなくなる美羽。
初めて会うのに、こんなに気が合うとは
思わなかった。
「…颯太って、言います。
この辺に住んでいるんですか?」
「あ、美羽です。
近くに彼氏のアパートがあって、
でも、今日、別れを切り出して
きたつもりなんですが、
そうは思ってないかなぁと…。
というか、初対面の人に
別に聞きたくないですよね、
私の話なんか。」
「…いいですよ、別に。
話してもらっても…。
愚痴でもなんでもドンと来いです!」
「体当たりするわけじゃないんで…。」
また笑いが止まらなくなる。
心が満たされた気がした。
公園の横を走る足音が聞こえた。
ラフなかっこうに着替えて来た拓海が
こちらに駆け寄ってくる。
「美羽! 何してんだよ。」
腕を引っ張っては、ベンチから体を引き離した。
「別に…! カフェオレ飲んでただけよ。」
「ちょっと、
引っ張るの良くないと思いますよ?」
颯太は、拓海に声を荒げた。
拓海は、足もとから頭のてっぺんまで
なめまわすように颯太を睨みつける。
「あ?!」
一触即発の状態だ。
美羽は、後ろに下がる。
真夜中に響く声は緊張感が増した。
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