愛の充電器がほしい

第28話


真っ白い空間の中に
一筋の光が見えた。


向こうにはきっと
幸せになれる場所がある。


爽やかな風が頬を打った。


瞼を閉じて、またゆっくりと目を開けた。


大きな窓の外には、
爽やかな青空が広がっている。
遠くには雲がふわふわと浮かんでいる。


また目をつぶった。



1週間前に美羽と半同棲生活をした
記憶が蘇った。


まだ紬が来てない中で、過ごした時間は、
別世界にいるようだった。


初めての美羽の自宅での夜は
お互いの肌を触れ合って、
心臓の音を裸で確かめた。


指と指が触れるだけで
鼓動を大きく打ち鳴らす。

体中から溢れ出る汗が
飛び散った。

接着剤のように
密着して、愛し合っていた。


心はお互いに
満ち満ちていた。


そんな日々を過ごしていたはずなのに
美羽からの幼少期の思い出話を
聞いてしまっただけで
颯太の思いは崩れていった。


自身の母親の言葉が頭の中に
ぐるぐると回っている。


「みーちゃんと絶対会っては
 行けません!!」


その言葉を発した母は、
この世には存在してはいない。


それでも、会ってはいけないという
呪縛が体に染み付いている。



その言葉で美羽を拒絶した。



幸せだったはずなのに
この上ない絶頂期を迎えていたはずのに


こんなにもあっさりと
奈落の底へ突き落とされた気分だ。


好きなのに
好きになっては行けない人と
再会してしまう。


颯太は、夢の中で、
幼少期の自分自身が号泣していた。


みーちゃんとの思い出の写真を
母に破り捨てられて
パズルのように
組み合わせては
またゴミ箱に捨てられた。


その映像は自分のことだったか
疑ってしまうくらいの出来事だった。



頭の片隅にも置くことが不可能だった
記憶が美羽の一言で蘇ってしまった。



目を覚ますと、
大人の颯太の目から大粒の涙が
溢れて落ちていた。


額付近に手を当てて、涙を拭った。

ティッシュを取っては
鼻水を思いっきりかんだ。

それでも涙がとまらない。

何年ぶりだろう。

こんなに泣いたのは。



声にもならない涙。



男は泣くもんじゃないって
何かのドラマのセリフであった。


でも、もう、泣き止むことができない。



昨夜の居酒屋で
五十嵐部長に相談した。


過去の自分と今の自分を比べて
自由度はどれくらいあるのか。


もう、親のいうことなんて
聞かなくてもいいじゃないかと
アドバイスされたが、
いくら親自身がいないとはいえ、
いないからこそ大事にしたいという
ことはないだろうか。

また、
美羽と一緒に過ごすことになったら
地縛霊になって
母に恨まれやしないかと
ネガティブなことが頭によぎる。


数年ぶりの再会に
こんなに心から安心したことはない。


潜在意識は、
美羽とともにいたいと
感じているのに
拒絶する表面の自分がいる。


自分で自分がわからない。


ふと、気持ちが落ち着いて、
涙が止まった。


現実に戻った。

外では車の走る音が聞こえてくる。

ソファから立ち上がり、
毛布をそのまま床に落として、
タバコに火をつけて
台所の換気扇に向けて
煙をふかした。



(あれ、昨日、紬って、大家さんから
 預かったっけかな。)


タバコを灰皿に押し付け
火を消して、紬のいる寝室に向かった。


(そういや、俺、
 昨日、紬、寝かしつけしたっけかな…。)


 背中をぼりぼりとかく。


 寝室のドアを開けて、
 すぐに自分の目を疑って
 何度も目を擦った。

 ツインベッドの上で眠っているのは、
 ふとんを蹴飛ばしていびきをかいてる
 紬とスヤスヤと気持ちよさそうに眠る
 美羽がいた。


「な、なんで、美羽いんの?」

 その声に反応して、
 美羽がふとんをよけて
 起きた。
 目を擦ってあくびをした。


「あ、あれ、
 颯太さん、起きた?
 おはよう。」


「おはようって、
 なんで美羽いるんだよ!?
 俺、頼んでないよ?」

 怒り始める颯太。
 昨夜の出来事を覚えていないようだ。
 泊まってと言ったのは颯太の方だ。


「…え?」


 意味がわからず、固まる美羽。


「ちょっと、待って。
 昨日、私、帰ろうとしたけど、
 颯太さん、終電ないからって
 泊まって行きなよって言ったのは
 そっちだよ?」

「いや、俺は言ってない。」
(ん?記憶ないけど、
 泊めるはずない。
 拒絶してたのに、
 そもそも呼んでないし。)


「言ったよ?!
 しかも、途中で急に倒れて寝てたんだよ。
 紬ちゃん1人にしちゃかわいそうだから
 私、お風呂入れて、ベッドに
 一緒に寝たの。」


「…記憶ないけど、
 そこまでしてくれたのなら
 ありがとう。
 申し訳ないけど、
 帰ってもらっていいかな。
 俺、受け入れてないから。」

「…は?!
 どういうこと?
 急に、拒否するって、
 この間から颯太さんおかしいよ。
 紬ちゃんだって、
 お父さん嫌だからって
 私に連絡してきたんだよ。」


「…紬が?!
 ……それは、初耳だ。」

まだ寝ている紬に配慮して
リビングに移動して話を続ける。


「理由を話して!
 どうして、突然拒否するの?
 1週間一緒に過ごしてたのに、
 私はそのまま継続して続けるもんだと
 思ってたよ。」

「紬が帰ってきたから。」

「それは、理由になってない。
 その後の話でしょう。」


「幼少期のこと、美羽が言うから。」


「ん?
 幼少期?
 んじゃ、
 そうちゃんは颯太さんだったの?
 同じ?
 合ってるってこと?」

「親の都合があって、
 美羽とは
 付き合えない。
 これからもずっと。」


「親の都合ってなに?
 私たちって親の指示で付き合うとか
 決めなくちゃいけないの?」


「そうじゃないけど、
 美羽の親と俺の父さんが
 良くない関係だったから、
 付き合うなって母親から言われた。」

「ちょっと待って!!
 そこ間違ってる。
 私の両親、血のつながり無いから。
 それならいいじゃないの?」


「え、そうなの?」

 颯太は驚いた表情でおどおどする。
 
「育ての親なの。
 どちらも。
 幼い頃に両親が亡くなって、
 今の両親に引き取られたの。
 妹との関係も義理関係。
 遠い親戚ではあるけど。
 あと、颯太さんのお父さんと
 うちのお母さん、
 多分、従姉弟同士だよ。
 それでも信じてくれない?」

「え、ちょっと待って。
 情報が多すぎて飲み込めない。
 母さんは、
 誤解をずっとしていたってこと?」

「従姉弟同士で仲良しだったから
 浮気だと勘違いして
 知らなかったんじゃない?
 聞くに聞けないとか。」

「確かにうちに両親は肝心なところで
 会話不足なところあったけど。
 父さんが仕事で忙しくて、
 母さんのこと
 見てなかったのかもしれない。
 引っ越して、かなり嫉妬していたよ。
 美羽の母さんに。」

  
「そうだったんだ。
 わからなかったな。
 颯太さんのお父さんは
 出張が増えたから関東に
 行かないとって聞いてたけど。」

「ああ、それは本当の話。
 単身赴任の話出たけど、
 母さんがどうしても着いていくって
 一緒にいたいって懇願したって
 言ってた。
 何だか、俺と逆の人生歩んでるんだ
 父さんは。」

 ベランダの窓をカラカラと開けて、
 東の空に虹が見えた。

 にわか雨が降っていた。

 手すりに腕をつけて
 しばらく外を見ていた。
 
 颯太の隣に美羽は
 そっと近寄る。


「まだ、受け入れられない?
 私のこと。」


「……話聞いたけど、
 ちょっと時間欲しい。
 気持ちが落ち着かないんだ。
 最近、仕事も立て込んでて…。
 眠剤飲んでも眠れてない。
 お酒に頼ったりしてるけど。」

 そっと背中をさすった。

「待ってる。
 返事待ってるから。
 私は、変わらないよ?
 いつまでも。」


「うん。」


 寝室から紬が目をこすって起きてきた。


「おはよぉ。
 あれ、2人して何話してるの?」

「虹出てるよ、紬ちゃん。」

「あ、本当だ。
 すごい大きいね。」

「…朝ごはん、用意する。」

 冷たい風が吹いた。
 颯太は、ベランダから部屋に戻って
 朝ごはんの準備をし始めた。


 そうしてる間に 
 インターフォンのチャイムが鳴った。

「こんな朝に誰だろう。」
 
 紬は不思議そうに言う。
 颯太はインターフォンの液晶を眺めた。
 画面に映った人を見て、
 固まって、何も言わなかった。



 コンロに置いたやかんが
 カンカンと
 湯気で音を鳴らしていた。
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