愛の充電器がほしい

第33話

ビルが立ち並ぶ交差点に
ちらほらと粉雪が降った。

落ちては溶けてを繰り返している。

コートを羽織った拓海は
街中の会社から会社へ
の行ったり来たりと
連日忙しかった。

昇格してからというもの
上司とともに取引先への接待が多くなり、
話が盛り上がるうちに
海外への進出の話が出てきた。

アメリカ人とイギリス人の大手取引先会社に英語を交えた中での談合に拓海が
推薦される。

頭が真っ白になったが、
まさか自分が抜擢されるとは思っても
みなかった。

これはまたとないチャンスだ。

とんとん拍子に話が進む。


仕事終わりに
拓海はスマホ片手に
美羽へ電話をかけた。

アメリカへ転勤になることを
真っ先に伝えたかった。

「もしもし?美羽、今、家?」

『うん、そうだけど。』

「ちょっと話したいことあるんだけど、
 外出れる?」

『えー、もう、ご飯食べちゃったよ。
 女子に20時以降の夕飯は無いから。
 太るし。』

「どーせ、お茶漬けとか
 カップ麺とかで済ませてるんだろ?
 そっちの方が太るから。」

『げ、なんでわかるの?!
 今日は、どん兵衛の贅沢うどん
 食べてるって…。』

「そこまでは知らん。」

『わかったよ。
 拓海がそこまで言うなら
 付き合ってあげるよ。
 どこで?』

 美雨はお腹の音をさせて、
 ハンガーにかけていた
 ダウンジャケットを
 羽織り始めた。

「そこまででも誘ってないけどな。」

『良いから良いから。』

「ひょっとこ。」

『拓海も好きだねぇ。』

「も?ってどういうことよ。」

『あ、余計なこと言った。
 まぁまぁ、行くから。
 もちろん拓海のおごりだよね。』

「…どーせ、あいつだろ。」

『んー、なんのことかな。
 まーいいや。
 すぐ行くから、後でね。』

「はいはい。」

 今は美羽にとって、
 拓海はお腹を満たす人と思っている。
 一切の恋愛感情ではない。
 とにかく、お腹が空いていた。

 ひょっとこの暖簾をくぐって、
 店員に個室のある奥へと案内された。

 もう顔馴染みになってきてるようだ。

 先に拓海が中で待っていた。

「よ!久しぶり。
 どう?
 仕事はあれから順調?」

 美羽は席に座って、
 メニューのあるタブレットを開いて
 次々と注文する。

「順調だったら、こんなところ
 来てませんっと。
 からあげは必須、あとは焼き鳥と…。」

 お腹が空いていた美羽はどんどん
 注文する。
 拓海と会うのは、この間の会社の倒産話を
 聞いてからだった。
 約1週間は経過していた。
 いつもより短いスパンの連絡だった。

「おいおい、会ってそうそう、
 食いもんか?」

「いや、本当。
 ここのところまともに
 食事してなくて…。
 ほら、痩せたと思わない?」

 美羽は拓海に頬を見せたが、
 全然変わりない。
 むしろ、目の下のくまが気になる。

「寝てないの?
 全然、痩せてはないけど。」

「んー、そうだね。
 夜型の生活になってるかな。
 作業するのは、夜の方が捗るから。
 えっと…、お酒はいらないけど、
 美酢でも飲んでおくかな?
 ザクロにしよう。」

 メニューをポチポチとタップする。

「ねえ、知ってた?
 あれ、私が描いたの。」

 壁に貼り出された
 クリームソーダのイラスト
 昔の喫茶店を思い起こすような
 レトロな雰囲気だった。

「え、まじで。
 知らなかった。
 でも、これって個人名じゃないんだろ?」

「そう、前の会社名義。
 だから、仕事来なくなったかな。
 でも、直接、このお店に名刺置いてたら
 仕事くれるかな。
 居酒屋のスタッフになってたりして…。」

 まだお酒が入ってないのに
 笑いが止まらなくなる美羽。

「大丈夫か?」

「うん…。でも、この仕事して、
 自信持てたかなって思ってる。
 個室じゃない広場に垂れ下がってる
 筆文字のメニューも私なんだよ。」

「えー、そうだったのか。
 良い味出してるなぁっては思ってたけど。
 ひょっとこの売上貢献になってるん
 じゃないの?」

「そうだよね。
 仕事依頼、なかなか増えないんだ。
 個人で活動するには宣伝するのが
 重要なんだけど、限られた宣伝活動しか
 できなくて…。」

 タブレットを充電器に戻した。

「…ふーん。」

 拓海は珍しくうんうんと頷いて
 聞いてくれていた。
 いつも、話すのは拓海の方だったのに
 今日は何だか優しい。
 美羽は寒気がした。

 胸の前に組んだ両腕の上に
 自分の顎を乗せて、
 商品がまだ来ないテーブルで話し出す。

「美羽、あのさ…、
 俺、もうすぐ、海外に転勤になるんだけど、
 一緒に着いてくる気はない?」

 目を合わせず、タブレットの画面を
 見つめながら話す拓海の言動が
 頭に入らなかった。

 もう一度、聞き返す。

「え、今、なんて?」


「アメリカ…。
 一緒に来ないかなぁって。」

「…それって?」

 スタッフが商品を次から次へと 
 テーブルに置き始めた。
 
 美羽の頼んだ鳥の唐揚げ、焼き鳥ミックス
 マルゲリータ、店長おすすめおでん、
 牛ホルモン焼きが5品を並べられた。

 「うわ、一気に頼んだなぁ.
  まだ飲み物も来てないのに…。」

 拓海は割り箸を割って、
 一緒になって食べ始めた。

 美羽はお腹を満たすことに集中した。

 さっきの拓海の話を頭の中でもんもんと
 考えながら。
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