愛の充電器がほしい

第35話

アパートのドアが静かに開くと
分厚めのメガネをかけた
髪の長い男の人が何も言わずに
出てきた。


しばし沈黙になる。


「あ、あの。
 楠さんのお宅では?」



「は?
 違いますけど。

 …あー、最近引っ越してきたので、
 楠ではないです。」


 髪の長い男性は、
 名前を告げずにドアをバタンと閉めた。


 美羽は颯太と紬がいなくてがっかりした。

 居場所を突き止めたくて
 大家さんがいる隣の部屋を訪ねる。


「あら?
 美羽ちゃん? 
 久しぶりね。
 どうしたの?」

 大家のまゆみおばあちゃんは、
 ニコニコと迎えてくれた。

「えっと、颯太さんに
 会いに来たんですけど…
 どこに行ったか分かりません?」


「あー、あれ、連絡取り合ってなかったの?
 スマホあるじゃない。」


「私のスマホ水没して
 ちょっと通じなくなってしまって、
 しばらく連絡取れていないんです。」


「教えたいところだけどね…。
 個人情報だし、細かくは知らないのよ。
 都内にはいると思うけど。」


「そうですか。」


 残念そうに答える。


「ごめんなさいね。
 上がってく?
 温かい紅茶出すわよ。」

「ありがとうございます。
 お気持ちだけ受け取ります。
 颯太さん、見かけたら
 よろしくお伝えください。」

「そう?
 わかったわ。」

 美雨は落胆してアパートの
 階段の方へと向かった。

 大家のまゆみも、寂しそうな顔をして
 ドアを閉めた。

 とぼとぼと足取り重く、
 暗くなってきた公園のベンチまで歩いた。



***


 インターフォンが鳴る。

 「あらあら、今日は訪問者が多いわね。
 はーい、どちらさま?」

 大家のまゆみは、台所で皿洗いを
 しているとインターフォンの画面を
 のぞく。
 相手の顔を見て、すぐにニコニコと
 玄関に向かった。

「こんばんは。夜分遅くすいません。
 お久しぶりです。」

 颯太が菓子折りを持ってやってきた。

「あらあらあら…。
 どうしたの?
 こんな遅くに珍しいわね。
 あれ、紬ちゃんは?」

「すごくお世話になったのに
 全然挨拶もまともに
 できずに引っ越ししちゃったので、
 今更ですが、お菓子、持ってきました。
 紬は、映画を見るって
 聞かなくてお留守番です。
 ここから10分もしないところに
 住んでいるので大丈夫です。」

「そうだったのねぇ。
 紬ちゃんいなくて寂しいわ。 
 離れちゃったけど、いつでも子守りは
 任せなさいよ?
 仕事できなくては、
 食っていけないんだから。
 お菓子はありがたく、ちょうだいします。」

「いえいえ、そんなわけには、
 いかないです。
 大家さんに甘えるのは
 申し訳ないですし、
 お気持ちだけでいいですよ。
 あ、そろそろ、帰りますね、
 紬が待ってますから。」

「あー、そう?
 頑張ってね。お父さん。
 それじゃぁ。」

 颯太は、ドアを丁寧に閉めて
 立ち去ろうとした。

 大家のまゆみは、思い出したように
 ドアを開けて、つっかけを履いて
 出てきた。


「ちょっと、ちょっと。
 楠さん!!」


 私服のパーカーの帽子を
 ぐいっと掴まれた
 颯太は苦しくなった。

「ふへぇ?!
 なんですか?
 慌てて。」

「さっき、美羽ちゃんに会ったのよ。
 探してたみたいよ!!
 スマホ、水没して全然連絡取れなく
 なったからって来てみたって。
 あなたがどこ行ったか知らないか
 聞かれたわ。」

「え?! 美羽が?」

「ついさっきだから、
 まだ遠くには行ってないと思うけど、
 連絡先知らないの?
 直接家に行ってみればいいじゃないの?」


「そうですか…。
 そうなんですね。
 はい、ちょっと探してみます。
 ありがとうございます。」

 
 大家のまゆみは応援するように
 手を振った。

 颯太は、小走りであたりを見渡して、
 美羽がいないか歩き回った。


 最寄りの駅に向かう道路を辿って進むと、
 酔っ払って、自販機でカフェオレを買った
 美羽と初めて会った公園の脇を通った。


 懐かしいなと感じながら、
 颯太はゆっくりと歩く。


 見たことのある背格好の女性が後ろ姿で
 ベンチに座っていた。


 まだ夜の7時だったが、
 街灯がチカチカと点滅していたため、
 薄暗かった。


 あの時と同じ場所。
 同じ自動販売機があった。

 
 知らないふりをして、
 飲み物を買おうとした。

 俯き顔の美羽は
 こちらに気づいていなかった。


 美羽が持っていたのは
 ホットのルイボスティーだった。


 颯太は真似して買ってみようと
 ペットボトルのルイボスティーを
 自動販売機で買った。

 ガコンと音が響いた。

 ふと、美羽は、
 鼻をすすって、
 音がする方を見る。

 この光景ってどこかで見たことがある。


 少し離れたベンチに腰掛けて
 颯太はペットボトルのキャップを開けた。


 美羽は、薄暗くて誰だか分からず
 知らない男の人だろうと
 ドキドキしながら、立ち上がった。


 パーカーの帽子を顔までかぶる男に
 急に怖くなって、
 その場を立ち去ろうとする美羽。


 颯太は行ってしまう美羽に
 焦った。

 
 さっと帽子を外して、
 追いかけた。


「きゃぁ!?」


 走る音を聞いて、
 怖くなり、顔を覆って
 しゃがんだ。



「美羽、美羽!」


 最近の美羽は
 あまりにも暇すぎて、ホラー映画を
 見すぎていたため、よからぬ妄想が
 広がっていた。


 現実に戻ってくる。


 肩を軽く叩かれて、
 よく顔を見ると見たことのある人が
 そこにはいた。



「颯太さん!?
 ちょっと怖かったんだけど!!
 びっくりした!!」


 深呼吸した。
 心臓がドクドク言っている。


「ごめん、怖がらせて。
 暗いもんね。」


「うん、大丈夫。
 今、落ち着いた。
 ちょっと最近、ホラー映画見てて、
 変な感じになってた。」


「ホラー映画?
 そ、そうなんだ。」


 落ち着きを取り戻すと元のベンチに
 戻って、2人は座って話し出す。

「元気してた?」


「うん、まぁまぁ。
 そっちは?」


「引っ越ししたばかりだから
 荷解きはまだ完了してないけど、
 元気は元気。」


「引っ越ししてたんだね。
 気づかなかった。」


「連絡何度かしてたんだけど、
 繋がらなかった。
 美羽の家にも行ったけど、
 タイミング悪くて留守の時が
 多かったよ。
 あ、会社にも行こうとしたら、
 美羽の会社も無くなってたし、
 どうしようもないなって思ってた。」


「そう、そうなんだよね。
 颯太さんの電話番号聞くの忘れてて、
 ライン交換しかしてなかったよね。
 スマホ水没して、連絡先消えちゃったの。
 ギリギリ電話帳だけは復活できたけど。
 連絡取れなくてごめんなさい。」

 ペットボトルのお茶を飲んだ。
 颯太は、やっと会えて
 安堵していた。


「ずっと探してたよ、美羽のこと。
 会社が倒産しちゃってたなんて、
 何も話してくれなかったから
 大丈夫かなって心配になったし、
 元気そうで本当、良かったよ。
 大家さんに
 美羽のこと聞けて
 無かったら
 会えなかったよな、俺たち。」

 はにかんだ顔で颯太は言う。
 美羽は、手をのばして、
 颯太の手を握った。

「うん、もう会えないと思ってた。」

 安心しすぎて、目からポロポロと
 涙がこぼれた。
 もっと早くに会いたかった。
 手を触れる日が来るなんてと。
 ほんの数分前は会えなくて絶望感を
 感じていた。
 
 颯太は手を握り返して、
 そっと体を引き寄せた。
 美羽の背中をトントントンと撫でた。

 求めていた温もりを感じられた。

 鼻水をすすって、ため息をつく。

「颯太さん、
 前みたいに
 一緒にいてもいい?
 もう颯太さんじゃないと
 ダメみたい。」

「……うん。
 本当は、俺もそう思ってた。
 ごめん、自信なかった。
 美羽が離れていくの
 感じていたからはっきり言えなかった。」

 額同士をくっつけて、
 目を見つめ合った。

「今は言えるよ…。」

 泣きながら、美羽は、微笑む。

「なに?」


「愛してる。」


「ありがとう。」


「美羽は?」


「内緒…。」


「……。」

 颯太は不満そうに少し眉をかたむけた。

「嘘、私も愛してる。」

 颯太は、それを聞いて笑みを見せると、
 顎クイをして、とろけるようなキスを
 した。
 
 N極とS極の磁石のようにくっついて
 離れないくらい密着していた。

 やっと欠けていた心がフル充電された
 気分だった。
 
 美羽自身はここだと確信した。

 繋いだ手を離すことなく、
 紬の待つ家に仲良く帰っていく。

 颯太のポケットの中では
 スマホがマナーモードで
 ずっと鳴っていた。

 紬が早く帰ってきてコールが
 鳴り止まなかった。

 気づいていても、
 反応せずに
 美羽の2人の時間を
 大事にした。

 特に話すわけじゃ無かったが、
 一緒にいるゆっくりとした刹那を
 満喫した。


 玄関のドアを開けた瞬間の
 紬の顔を思い浮かべただけでも
 2人は笑いが止まらなかった。
< 35 / 63 >

この作品をシェア

pagetop