愛の充電器がほしい

第41話

農作業の格好をした和哉は、
目の前にいるおしゃれをして
都会の格好だと見違えたと思い、
美羽をしばらく頭の先から足先まで
ジロジロと見つめた。

「美羽?」


「そう。
 お父さん、話したいことが
 あるんだけど……。」


「全然、連絡無いから
 生きてるのかとずっと心配してたけど、
 母さんは便りがないのは
 元気な証拠だと言うもんだからさ。
 なんだ、なんだ。
 本当、都会の子になったみたいで
 全然見違えたよ。
 誰かと思った。
 ほらほら、中へ入りなよ。
 母さん、家の中にいるから。
 ん?
 お連れさんは?」


 深呼吸をして、
 カチンコチンと氷のように
 固まった颯太は、
 直角にお辞儀をして挨拶した。

「く、楠 颯太です。
 お、お久しぶりです。」


「え?!楠?
 ちょっと、待って。
 楠 翔太郎(くすのきしょうたろう)
 の息子さん?
 そして、隣にいる子は誰?」

 あっちやこっちを見て、
 動揺する美羽の義父の和哉。
 楠 翔太郎は、美羽の義母の従兄である。
 
「あ、この子は、俺の長女です。」


「長女?ほぉ?
 というか、凄い久しぶりだよね。
 颯太くんって、
 美羽が小学校の頃に
 引っ越したんじゃなかった?
 俺、大人になった君は初めてすぎて
 どう対応していいかわからないよ?
 母さん呼んでくる!!」

 朝井和哉《あさいかずや》は、
 美羽の育ての父親であり、
 朝井恭子《あさいきょうこ》は、
 美羽の育ての母親である。

 畑や田を管理して、
 農業を営んでいた。

 曽祖父からの代々引き継いできた
 農家だった。

 突然の来訪者で慌てた和哉は、
 広い瓦屋根の大きい自宅に
 入って行った。

「……俺、なんか、まずいこと
 言ったかな?」

「大丈夫じゃない?
 久しぶりで驚いてるだけだと思う。」

 美羽は、玄関の引き戸をゆっくり開けて、
 中に入ろうとする。

 荷物を玄関先に置いた。

 美羽は、手招きして、
 颯太と紬を中へ誘導した。
 
 小さな声で。

「お邪魔いたします。」

「お邪魔します。」

「どうぞどうぞ。」

 美羽が義父母の代わりに言う。

 3人は、腰をおろして靴を脱いでいると。


「美羽!?」

 
 義母の恭子は血相を変えて
 大きな声で叫んでは、背中から
 美羽をぎゅーと抱きしめた。

「なんで、連絡してこないのよ!?
 心配したのよ。
 今年も新米送ろうと宅配頼もうとしたら、
 住所が違うって返ってくるし、
 あなた、今、どこ住んでいるの?」

「あー、ごめんなさい。
 忙しくて引越し先教えてなかった。」

「簡単に言う?
 そんな簡単に言っちゃう?
 スマホのメールアドレスも
 変えたでしょう?
 私がLINE嫌いなの知っててわざとかな?」

 かなりの心配症のようだ。
 和哉には便りがないのは元気だと
 言っていたが、
 1番に気にしていたのかもしれない。

「あ!あ!あ!あーーー!
 お姉ちゃん!
 なんでここにいるの?
 私に東京のお土産買ってきてくれた?
 高級なチョコとかじゃないと
 許さないっていつも言ってるでしょう。」

 妹の朝井琴音《あさいことね》が、
 美羽を見てはギャーギャーうるさかった。
 血のつながりはない。

 美羽が3歳の時に
 一緒に住むようになったが、
 琴音は、0歳だった。

 本当の姉のように慕っていた。
 妹本人は義理であることは知らない。

「ごめん、琴音。
 今日は、ひよこしか買ってきてない。
 可愛いから良いでしょう。」

「えーー、また東京のひよこ?
 食べすぎて、
 私の口がクチバシになっちゃうよぉ。
 え、ちょっと、待って、
 後ろにいる男の人と女の子って誰?」

「ちょっとちょっと、
 私の話はスルーなの?
 ほら、美羽、中に入って
 取り調べ並みに聞きたいことが
 山ほどあるわよ。」

 ぐいぐいと恭子は、
 美羽の腕を引っ張って居間に連れて行く。
 大きな茶色のテーブルの上には、
 冬定番のみかんがかごにたくさん
 入っていた。

 昔ながらの家だなと颯太は
 しみじみと見渡した。

 紬は緊張のあまり何も言えずに
 そっと颯太のズボンにしがみ
 ついて中に入る。

「まぁまぁ、騒がしいけど、
 中に入ってゆっくりしてって。」

 和哉は、颯太の背中をポンと軽く押した。

 テーブルを囲むように
 美羽は緊張して正座に、
 颯太もくつろぐことはできず 
 正座になった。
 紬は慣れない正座に見よう見まねで
 挑戦した。

 恭子の口は喋りが止まらず、
 ポットのお湯を急須に入れて、
 緑茶を人数分淹れている。

 家族が大集合したみたいで、 
 和哉は嬉しそうだった。

 美羽は、恭子が言ってることが
 騒がしくて右から左へと聞き流した。
 
 颯太は、なんで
 そんなことするんだろうと
 少し笑みを浮かべては
 場に合わせた会話をし始めて、
 終始和んでいた。

 
「えっと、ごめんね。
 さっきから
 話盛り上げてくれてるけど、
 美羽、隣にいる方はどなた?」

 恭子はケタケタと笑いながら、
 盛り上がっている中で、 
 突然、颯太のことを聞きだす。

「あ、すいません!!
 紹介が遅れました。
 美羽さんとお付き合いさせて
 もらってます楠 颯太と言います。
 幼少期に
 父が色々とご迷惑をおかけしたようで
 申し訳ありません。」
 
 颯太が軽くお辞儀をして
 謝ると、
 急にシリアスな空気になった。

「え?え?え?
 美羽、ちょ、なんで、颯太くん?
 話は見えてこないんだけど…。
 楠って?
 翔太郎の長男でしょう。
 引っ越しして、
 疎遠になったはずじゃないの?」

「お母さん、突然帰ってきて、
 こんなこと言うのも
 驚かせちゃうかもしれないけど、
 私、
 颯太さんと結婚するから、
 それを伝えようと思って帰ってきた。」
 
「ちょ、それって俺から言おうと
 思ってたこと…」

 颯太は、美羽に小声で話す。

 恭子は、その話を聞いて、
 持っていた急須と湯呑みを 
 倒してしまう。
 広範囲に緑茶が広がっていく。

 颯太は、咄嗟に近くにあった
 丁寧におしぼりで拭いていく。


「……突然、帰ってきてそれなの?
 しかも、なんで、楠 颯太くん?」


「いや、もう。私が、決めたことだから。」
 

「どうして、相談もなしなの?
 連絡もさっぱりなかったし、
 重要な話をはいこれでいいですかって。
 確認大事でしょう。」


「何か問題でもあるの?」


「……。」

 恭子は、下唇を噛んで複雑な表情を
 浮かべる。


「颯太くんは、やめた方がいいと思う。」


「なんで?!」



「いいから、やめなさい。
 お母さんもお父さんも
 恥をかきたくないの?!」


「バツイチだから?
 子持ちだから?
 私はそれでもいいって思って
 颯太さん選んだの。」


「え?
 バツイチで子持ち?」


「申し訳ありません。
 この子は、元嫁の子供でして…。
 でも、俺は、美羽さんのことを
 しっかりと命をかけてでも
 守っていくつもりです。
 娘さんと結婚を許して
 いただけないでしょうか。」


「ちょっと難しいわ。
 今日来て、
 はい、大丈夫ですとはならないわ。」


「……もういい。」


 美羽は感情的になり、
 テーブルをダンッと叩いては、
 家を後にした。


 呆然とする恭子。
 隣に静かにいた和哉と琴音も
 なんとも言えない表情に。

 
 あんなに怒った美羽を
 誰も見たことがなかった。

 本気の気持ちなんだと察した。


「だから言ったのよ。
 来なくてもいいって。
 反対するのわかっていたから。」


「美羽、
 親の優しさからかも
 しれないだろう。」


 美羽の後を追いかけて、
 話しかける颯太。
 紬は黙って後を着いて行く。


「颯太さん、帰ろう。
 親を説得って無理だと思う。」


 車の助手席に乗り込んだ。


「何か、理由があるかもしれないだろう。」

 颯太は運転席に
 紬は後部座席に静かに座った。

 家の中から、走って追いかけてきたのは、
 和哉だった。

「ちょっと待って〜。」

 颯太は運転席の窓を開けた。


「これ、すごい美味しいみかんだから
 食べて。」

 和哉はご機嫌をとるように
 ビニール袋にみかんたっぷりと入れて、
 颯太に渡した。

「わざわざありがとうございます。」


「んでさ、話、あの人
 冷静にできないから
 俺、代わりにするから、
 近くのファミレス行ける?
 俺、後ろ乗ってもいい?」

「あ、ぜひ、どうぞ。
 紬、荷物よけてあげて。」

 颯太はウェルカムで
 受け入れた。

 紬は隣に乗せていたテディベアの
 ぬいぐるみを移動させては、
 和哉を乗せた。

「ごめんね。
 お邪魔します。」

 和哉はシートベルトを閉めた。

「お父さん、農作業は大丈夫なの?」

「いいんだ。今日は休みで。
 午後から雨降るらしいからね。
 美羽が、帰ってきてるんだから
 この時間大事にしないとね。
 あ、午後、自治会長さんが来るって
 言ってたけど…母さんに任せるわ。」

「適当ね。本当。」

「うるさいなぁ。
 悪いね、颯太くん。
 近くのファミレス行ってくれない?」

「わかりました。」

 颯太はシフトレバーをDに入れて、
 車を進めた。

 空模様は、美羽と同じで
 暗雲が立ち込めてきた。
 東の空では雷雲が集まっている。
 午後から雨予報は当たっているようだ。

 紬はテディベアをぎゅーと握りしめて
 外を眺めた。

 美羽はため息を着いて、
 山々の景色を見つめた。


 都会と比べて空気は綺麗だが、
 母との喧嘩はしょっちゅうある。
 それが嫌で帰ることを避けていた。
 気持ちは穏やかではなかった。


 カーナビは、300m先右折ですと
 表記されていた。


 移動する間、沈黙が長く感じた。

 


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