愛の充電器がほしい

第44話

フロントガラスでは
ワイパーが何度も動いていた。

外はまだ小雨が降っていた。
灰色の雲が空全体に広がっている。


颯太の運転するセダンの
黒いレンタカーの車には
後部座席に恭子と琴音が座っていた。

何でこのメンバーで乗ることに
なったんだろうと
改めて不思議に思う颯太は、
咳払いをして
運転に集中した。

スピーカーから
ラジオの天気予報が流れてくる。
午後はこのまま
ずっと雨が降り続けるようだ。
降水確率は100%らしい。

0%とか100%とかいうが、
この天気予報も小雨でも大雨でも
少しでも降ったら当たりということに
なる。

小雨で当たりになるなんて
少し納得できないような
気がするがと颯太はそんなことを
考えながら何も言わずに目的地を目指す。

後部座席に乗った2人は、
恭子ががっちりと琴音の手を繋いで
窓の外を眺めて泣いていた。

翔太郎が亡くなったことが
未だ受け止められてないようだ。

琴音は握った手を撫でていた。

だた静かに泣いてるだけで
対応するのに困らないなと
安心した。



「あ、ここを左に行ったところのお寺です。」


最近、広く開拓されたのか
綺麗に舗装された道路が見えた。

遠くの方まで墓地が広がっている。

駐車場に車を停めた。

トランクからコンビニで買った
傘を積んでいた。

颯太はちょうど3本の傘を出して、
2本を2人に手渡した。

「準備いいですね。」
 
 琴音が言う。

「いえ、さっき使ってたものです。
 あわてて買ったものです。
 コンビニのビニール傘ですよ。」

 恭子の頭の上に
 静かに傘を広げた。

「あ、ありがとう。」

 颯太の仕草が翔太郎に見えてきた。
 よく見ると、昔の若かりし翔太郎に
 目の大きさ、鼻の高さやしぐさが
 そっくりだと感動する。

 ハッと息を呑んで、
 首を振って違う違うと
 傘のとってを持った。


「足元、気をつけてください。
 段差ありますから。」

 颯太は、楠家の墓石まで案内した。
 恭子と琴音は、後ろを手を繋いで
 着いていく。

 
「随分広い墓地ね。
 立派なところ。
 墓石もきっと大きいんでしょうね。
 しょうちゃん、しっかりしてたから。
 終活とかもやってたんじゃないかしら。
 奥さんと。」

 雨降りの中、
 ゆっくりと周りを見渡しながら行くと
 颯太は、ため息をついて
 手を差し伸べる。

「ここです。」

「え?!」


 そこには石が積み上げられた囲いの
 中央に樹木葬と刻まれた墓石があった。
 そこには楠と書かれたプレートが
 あった。 

「嘘ぉ、永代供養にしてしまったの?
 大きな墓石は?
 お墓参りってここ?」

 恭子は、小さなプレートに書かれたものを
 見て目を丸くして驚いた。

「父は俺が中学生の時から
 祖母が亡くなった時に
 遺産関係ももちろん
 墓石管理で大変な思いしたので、
 絶対墓石は作りたくないって 
 言ってまして、
 永代供養にしようって
 願ってたんです。
 もっと
 長く生きてほしかったんですけど、
 まさかこんなに早くここに入るとは
 思いませんでしたが。」

「そんなぁ、あんなに仕事で
 人脈も広いしょうちゃんが、
 こんな小さなプレートで終わりを
 遂げるなんて…可哀想。」

 恭子は傘を地面に置いて、
 墓石の下の方についている
 名前プレートを撫でた。
 また涙が出る。

 颯太はそれを見て、
 傘を拾って、
 恭子の頭に持った。

「しょうちゃん……。」

「お墓の価値観は人それぞれです。
 昔ながらの考えだと、
 亡き人の生き様だから
 大きな墓石という人もいれば、
 残された遺族が困るからと
 永代供養する人もいます。
 楠家は苦い経験しましたからね。
 父の親戚なので、
 ご存知かと思いましたが…。」

「いろいろあったから。
 私、楠家のみんなと絶縁したのよ。
 私もしょうちゃんも分家だから。
 実家の認知症の
 おっぴおばあちゃんいるけど
 わからないでしょう。
 だから、連絡なかったんだと思う。
 たぶん、あなたのお母さん家族が
 手配してくれたんじゃないかな?」

「あー、確かにそうですね。
 お葬式やお墓などは
 母方の祖父母に任せっきりでした。」

「……そっか。
 そうなんだ。
 しょうちゃん、
 天国行っちゃったんだね。」

 傘を颯太から受け取って、
 小雨が降る樹木葬と書かれた
 墓石を見ると
 近くには、たまねぎの形をしている
 花芽が大きく膨らんだハナミズキが
 植えられていた。

「あー、ハナミズキ。
 良いね。
 春になったら、
 ピンク色の花が咲くのかな。」

「一青窈の歌思い出すね。」

 琴音がボソッと話した。

颯太は傘を脇に挟んで、
いつも吸わない紙タバコを
ポケットから取り出して、
ライターで火をつけた。

吸い込んで空を見上げて、
ふぅーと煙をふいた。

後ろを振り向いた恭子は、
颯太の顔を見る。

「しょうちゃんに似てるわ。
体格は全然違うけど、あの人、
贅沢してたからぷにぷにの
お腹だったからなぁ。」

「あれ、お線香やらないの?」


「樹木葬はお線香禁止なんです。
 燃えちゃうから。
 俺は、線香の代わりに
 タバコで拝みます。
 携帯灰皿ありますから。」


「なるほど。
 煙でね。
 え、タバコ吸わない
 私たちは?
 お線香やらず?」


 颯太は、
 合掌のジェスチャーをしてみせた。

「あぁ、そういうことか。」

 琴音と恭子は、
 隣同士お墓の前で合掌した。

「母さんが、
 棒付きの飴を中学の時に 
 舐めてたら、タバコと勘違いされて
 こっぴどく怒られまして、
 その後に出してみせたら、
 飴だと気づいて
 驚いて笑ってたんです。
 父さんの真似していたかと
 思ったって…。
 そう言いながらも
 父さんの匂いは嫌いだけど
 タバコ吸ってる姿は好きだったって
 言ってたので、
 父の真似をする意味も込めて
 お墓参りする時は紙タバコを吸うんです。
 成人になって
 吸ってもいい年になりましたけど、
 もう、怒られることがないなと
 思うと……。」

 2人は、合掌をし終えて、
 タバコを携帯灰皿に入れて
 話し出す颯太を
 後ろ向きで聞いていた。

 目頭を指でおさえて
 体が震えていた。

 声を殺して、
 泣いているのを見て、
 恭子は
 そっと近寄り、
 颯太の背中をさすった。

「…高校生から
 両親いなかったんだもんね。
 よく頑張ったよ。
 もう体は充分大人だけど、
 心はまだ子どもかしら。
 頼れる大人が必要なのかな?」

 さっきまでの鬼の形相は
 なんだったんだろうと疑問符を
 浮かべる琴音はあんぐりした顔をした。

 颯太も拍子抜けした。

 その言葉の真意はなんだろうと考えた。

 目をこすって、しっかりしなきゃと
 姿勢を正す。
 
「いえ、大丈夫です。
 俺も良い大人だし、
 紬に顔向けできなくなります。」

「お?
 言ったねぇ。」

 恭子はニコッと笑顔になった。

 すると、
 駐車場から、
 走ってくる女の子がいた。

 紬が和哉の運転するSUVの青い車から
 降りてきた。
 反対側の後部座席から、
 美羽も手を振っている。

 小雨が降っていた墓地も
 雲が晴れて、太陽が出てきていた。

「パパ〜。
 紬も来たよぉ。」

 紬は颯太の足にしがみついた。

「え、紬、あれ、美羽も。
 この場所知っていたっけ?」


「ごめんね。
 颯太さんのスマホの
 GPS追いかけてきたよ。」

 ポケットからスマホを取り出した。
 ラインメッセージで
 今から行きますの文字があった。

「あ、そういうことか。
 今は便利だな。GPS…。」

「母さん、大丈夫なのか?」

 和哉は、恭子の体調を伺った。

「ええ、もう平気よ。」

「さっきの暴れん坊は
 どこに行ったんだろね。」

 琴音は笑いながら言う。

「本当に困った母さんだ。」
 ため息をついて和哉は言う。

「みんなして、そういうこと言う?」
 恭子はいつもの調子を取り戻したようだ。

「颯太さん、
 お父さんお母さんのお墓って?」
 美羽は、颯太の近くに寄って聞いた。

「あ、ごめん。 
 ここなんだ。」

 お墓の方に手を伸ばした。


「樹木葬なんだ。
 今、流行りだね。
 あれ、亡くなったのって
 高校生の時って言ってなかった?」

「うん。そうだけど、
 父さんたちの希望だから。」

「最先端もう掴んでたんだね。
 すごい。
 お線香はいいんだっけ。」

「うん、大丈夫。
 合掌して。
 ほら、紬も一緒だよ。
 やったことあるでしょう。」

「うん、あるよぉ。
 知ってるよ。
 こうでしょう。」

 紬はしゃがんで、
 そっと合掌をする。
 
 真剣な顔をして
 じっと目をつぶっている。

「えらいね。
 立派。
 何歳だっけ?」

 琴音が言う。

「7歳です。」

「えー、お姉ちゃん
 その時、静かに合掌できたかな。
 行ったり来たり動いてた気がする。」


 合掌している後ろで話し声が聞こえる。
 額に筋ができそうだった。


「琴音?!
 ちょっと、私の過去を
 へんなふうに言わないでよ。
 静かにしてたわよ。」


「はいはい。
 冗談です。」

 和哉と恭子は仲睦まじい
 2人の喧嘩を見守って笑っていた。

「さぁ、帰ろうか。」


 なぜか、恭子が率先して言う。


「母さんが言うの?」
 和哉が驚いて言う。


「なんで、だめ?」


「だって、ねぇ?」


「帰りますか。」

 和哉の言葉を無視して
 颯太は同感した。


「紬、お父さんの後ろに乗るぅ。
 テディベア乗ってたの忘れてたから、
 一緒にいないと。」

「私もそっちに乗ろうかしら。」

 まさかの恭子が言う。

「え?!」

 和哉は目を大きくして驚いた。

「だって、お父さんの車、
 臭いから。
 颯太くんの車、
 香水の良い匂いするから。」

「確かにそうかも。
 私もそっちにしようかな。」

 琴音も賛同する。
 
 和哉は涙が出そうなくらいに
 悲しくなった。

「仕方ないなあ。
 私が乗ってあげるよ。
 助手席に。」

 美羽が和哉の肩に手を置いた。

「救ってくれるのは美羽だけだな。」

「え?!
 美羽ママ、そっち乗るの?
 私もやっぱりそっちにする。
 おじちゃんの車に
 クマちゃん持ってくね。」

 バタンと颯太の車のドアが閉まった。

「………。」

 颯太は何も言えなくなった。
 心の中では涙が大量に流れていた。
 美羽のそばにいられないことに
 寂しく感じた。


 来た時と同じメンバーで車に乗る。
 颯太は複雑な気持ちのまま車を走らせた。


 雨はすっかりやんで、
 西の空の
 夕日が大きな白い雲を照らしていた。
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