愛の充電器がほしい
第52話
「ちょっと、
紙おむつとって!!」
病院から退院してからさらに
1週間が経った頃。
美羽は荒れていた。
髪はボサボサ、
服は授乳服のまま。
化粧もする暇がないくらい。
食事もままならない。
母が恭子が
寝坊して
1階のゲストルームから
さっぱり来ない。
そんな時の朝はとても慌ただしい。
鬼のような形相で
颯太と紬に指示を出す。
生まれたばかりの男の子のお世話が
忙しすぎるのだ。
泣いて
母乳を飲んで落ち着いたかと
思ったら
神経質のようで
ドアの閉まる音や
颯太や紬の足音に
敏感で
泣き声が響く。
リビングに置いた
ベビーベッドから離れることは
できなかった。
「入院生活には慣れたけど、
この家にはまだ慣れてないみたい。
人見知りなのかな?」
美羽はオムツ交換を終えると
抱っこをして
ゆらゆらさせた。
ソファの上でぐったりしている
颯太と紬。
「朝からこんなに疲れるとは…。」
「いやいや、
私なんて夜勤しているもんだよ?
何時間おきにおっぱいやって
オムツ交換してってやってるんだから。」
「琉久《りく》は神経質だよ!!
私は忍者にならないといけないわ。」
楠 琉久。
それが赤ちゃんの名前だ。
壁には命名と書かれた用紙に
フルネームを筆で書いていた。
「紬ちゃん、忍者になれてるよ!
抜き足差し足忍足で。」
「え、本当?
忍者修行に行こうかな。」
「おいおいおい。
紬、今日、学校だろう?
準備できたの?」
「まだだもん。
忘れてた。
ランドセルに
昨日の習字の筆入れないと!!」
洗い終えていた筆を
洗面所に置きっぱなしにしていた紬は、
走って取りに行った。
「そしたら、俺は、
朝ごはんか。」
「パパ、待って。
このオムツ、ゴミ箱に!」
処理済みのオムツを颯太に渡す。
「え、待って。
そんな、これからご飯作るのに。」
「手洗ってくればいいでしょう!
私は今から母乳あげなきゃないから!!」
「え、今、
泣いてないからいいんじゃないの?」
美羽は、颯太の目をじーと睨む。
「はいはい、わかりました〜。」
抱っこされ続けている琉久は、
嬉しいそうにニコニコしていた。
「泣いてなくても
胸が張ってたらあげないと
おっぱい痛くなるの!
というか、今泣く予定だから!
ね?琉久。」
(何だか
騙されてるような気がしていた…。)
そう都合よく泣くわけがと思いながら、
颯太は処理済みのオムツを捨てた。
台所で目玉焼きとウィンナーを
焼き始めた。
紬が部屋のバタンと閉めた瞬間、
びっくりした琉久が、
泣き始めた。
怖かったようだ。
ささっと、美羽は母乳を与えて、
静かにさせた。
どや顔で見せつけた。
(いや、今のは、
ドアの音で泣いただけだろう…。
どや顔の意味…。 )
颯太は対面キッチンからどや顔の美羽を
呆れてみていた。
わかっている。
仕事でいない時間がある分、
自分に甘えたいんだろうと感じていた。
ソファに腰掛けて、
半分ドーナッツのような
授乳クッションに琉久をのせて
ゆっくりと母乳を与えた。
初めてにしては調子が良いようで
入院中に頑張った甲斐があった。
助産師の指導のもと、
ミルクより母乳での
推しが強かったため、
あの手この手で対策し、
どうにかミルクを飲まなくても
大丈夫になってきた。
たんぽぽ茶がいいだの、
十六茶がいいだの
いろんな飲み物を試して
美羽の母乳も初乳よりは
落ち着いて
出るようになった。
助産師いわく、母乳を飲むのも
母親の力だけじゃなく、
赤ちゃん自身の飲むという意思が
強いかによると言っていた。
ミルクの方は、
哺乳瓶で吸い口は
簡単に飲める。
母乳は、
飲むのに力を要する。
赤ちゃん自身も
慣れるまでに努力が必要らしい。
相性の問題でもある。
赤ちゃんの
母乳とミルクの好みでもあるため、
個人差が発生する。
美羽と琉久親子は、
母乳のみでがっちり固まった。
ここでデメリットが発生する。
母乳好きな赤ちゃんは、
搾乳した母乳を嫌がって
飲んでくれないのだ。
哺乳瓶の乳首が
嫌だと飲んでくれない。
かならず直飲みを要する。
高い搾乳機を買ったというのに
どの乳首を買っても
あれもこれもだめ。
いつでもどこでも
一緒に過ごさないと
いけなくなった。
そのため、美羽が
ひとたび美容院で
外出すると
祖母である恭子でも
颯太でも、紬でも
あの手この手を使っても
ずっと泣いていることになる。
せいぜい離れるのは
3時間が限界のようだ。
どうにかこうにか
ガラガラや
バウンサーや
かみかみするおもちゃで
あやしてやり過ごす。
思い出した頃に数分で泣き始める。
甘えんぼで
寂しがり屋で
すぐ泣く。
泣き虫。
ママが大好きのようだ。
あっちやこっちにあほ毛が出てくるほどに
憔悴してしまう育児だ。
育児経験者の
恭子でさえも
ぐったりと疲れてしまうほどだ。
産後の肥立ちで
1ヶ月の助っ人で
来ていた恭子もそろそろ
福島の実家に帰らないといけなくなった。
颯太が仕事が休みの日曜日。
「荷物もまとめたから
そろそろ帰るわね。
だいぶ、成長して
昼夜逆転も落ち着いてきたんじゃない?
昼寝もたっぷりするもの。
大丈夫じゃない?
最初の2週間はどうなるかと
思ったけど。
琉久ちゃん、また会おうね。」
だいぶ、恭子に慣れてきたのか
琉久は、きゃきゃと喜んでいる。
「男の子ってハードだわ。
スタミナが違う。」
「お母さん、ありがとう。
お父さんによろしくね。」
「良いのよ。
孫と一緒に過ごせただけで
楽しかったわ。
紬ちゃんも一緒に
オセロとかトランプできたもんね。」
「おばあちゃん、ありがとう。
今度、人生ゲームしようね。」
「え、そういうのもあったのね。
やっておけばよかった。
いやいや、今度ね。
楽しみにしておくわ。
んじゃ、颯太さん。
これからが大変だけど、
美羽のことよろしくね。」
「はい。
わかりました。
いや、お母さん、駅まで送りますよ。
荷物大変ですよね。」
「いいから。
年寄り扱いしないで。
運動しないと
これくらい、キャリーバックだから
大丈夫。
ほら、キャスターついてるから。」
「そうですか。」
「んじゃね。」
手をパタパタと振って
立ち去っていく。
玄関のドアがバタンと閉まった。
閉まる音も慣れてきたのか
泣くことはなかった。
「あれ、何か封筒入ってる。」
紬が郵便受けを見ると
美羽宛に何かが届いていた。
「え?私?」
「ママにだよ。
ねぇねぇ、今日、天気いいから
散歩がてらに公園に行こうよ。
ベビーカー買ってたでしょう。」
紬は颯太に声をかけて
おねだりした。
琉久はベビーベッドの上で
手足をパタパタ動かしながら
ご機嫌に過ごしていた。
レースカーテン越しに
太陽の光が差し込んでいた。
ポカポカと暖かい。
それだけでも嬉しいそうだった。
玄関先で1人、
美羽宛に来ていた封筒を開けて、
書類を読んでいた。
その文章を見て、
口に手を置く。
目から涙をこぼれた。
紬がこちらに来る足音がして、
慌てて美羽はその書類を封筒に戻して、
隠した。
「ママ、早く、公園行こう!!」
「あ、うん。
公園ね。
今、準備するよ。」
何もなかったように
誤魔化した。
服に着替えると同時に
寝室にある引き出しの奥の奥の方に
封筒を閉まった。
美羽の手は震えた。
リビングにいた颯太は、
琉久を抱っこして高い高いした。
嬉しいそうにきゃきゃと喜んでいた。
紬はそれにヤキモチ妬いて
すぐに大きな小学生の紬も抱っこして
高い高いした。
一瞬、腰が痛くなった。
美羽はそんな様子を見て
感動していた。
ホルモンバランスが崩れているから
何気ないことで
感受性豊かになるのだろうかと
颯太は何の疑問も思わなかった。
紙おむつとって!!」
病院から退院してからさらに
1週間が経った頃。
美羽は荒れていた。
髪はボサボサ、
服は授乳服のまま。
化粧もする暇がないくらい。
食事もままならない。
母が恭子が
寝坊して
1階のゲストルームから
さっぱり来ない。
そんな時の朝はとても慌ただしい。
鬼のような形相で
颯太と紬に指示を出す。
生まれたばかりの男の子のお世話が
忙しすぎるのだ。
泣いて
母乳を飲んで落ち着いたかと
思ったら
神経質のようで
ドアの閉まる音や
颯太や紬の足音に
敏感で
泣き声が響く。
リビングに置いた
ベビーベッドから離れることは
できなかった。
「入院生活には慣れたけど、
この家にはまだ慣れてないみたい。
人見知りなのかな?」
美羽はオムツ交換を終えると
抱っこをして
ゆらゆらさせた。
ソファの上でぐったりしている
颯太と紬。
「朝からこんなに疲れるとは…。」
「いやいや、
私なんて夜勤しているもんだよ?
何時間おきにおっぱいやって
オムツ交換してってやってるんだから。」
「琉久《りく》は神経質だよ!!
私は忍者にならないといけないわ。」
楠 琉久。
それが赤ちゃんの名前だ。
壁には命名と書かれた用紙に
フルネームを筆で書いていた。
「紬ちゃん、忍者になれてるよ!
抜き足差し足忍足で。」
「え、本当?
忍者修行に行こうかな。」
「おいおいおい。
紬、今日、学校だろう?
準備できたの?」
「まだだもん。
忘れてた。
ランドセルに
昨日の習字の筆入れないと!!」
洗い終えていた筆を
洗面所に置きっぱなしにしていた紬は、
走って取りに行った。
「そしたら、俺は、
朝ごはんか。」
「パパ、待って。
このオムツ、ゴミ箱に!」
処理済みのオムツを颯太に渡す。
「え、待って。
そんな、これからご飯作るのに。」
「手洗ってくればいいでしょう!
私は今から母乳あげなきゃないから!!」
「え、今、
泣いてないからいいんじゃないの?」
美羽は、颯太の目をじーと睨む。
「はいはい、わかりました〜。」
抱っこされ続けている琉久は、
嬉しいそうにニコニコしていた。
「泣いてなくても
胸が張ってたらあげないと
おっぱい痛くなるの!
というか、今泣く予定だから!
ね?琉久。」
(何だか
騙されてるような気がしていた…。)
そう都合よく泣くわけがと思いながら、
颯太は処理済みのオムツを捨てた。
台所で目玉焼きとウィンナーを
焼き始めた。
紬が部屋のバタンと閉めた瞬間、
びっくりした琉久が、
泣き始めた。
怖かったようだ。
ささっと、美羽は母乳を与えて、
静かにさせた。
どや顔で見せつけた。
(いや、今のは、
ドアの音で泣いただけだろう…。
どや顔の意味…。 )
颯太は対面キッチンからどや顔の美羽を
呆れてみていた。
わかっている。
仕事でいない時間がある分、
自分に甘えたいんだろうと感じていた。
ソファに腰掛けて、
半分ドーナッツのような
授乳クッションに琉久をのせて
ゆっくりと母乳を与えた。
初めてにしては調子が良いようで
入院中に頑張った甲斐があった。
助産師の指導のもと、
ミルクより母乳での
推しが強かったため、
あの手この手で対策し、
どうにかミルクを飲まなくても
大丈夫になってきた。
たんぽぽ茶がいいだの、
十六茶がいいだの
いろんな飲み物を試して
美羽の母乳も初乳よりは
落ち着いて
出るようになった。
助産師いわく、母乳を飲むのも
母親の力だけじゃなく、
赤ちゃん自身の飲むという意思が
強いかによると言っていた。
ミルクの方は、
哺乳瓶で吸い口は
簡単に飲める。
母乳は、
飲むのに力を要する。
赤ちゃん自身も
慣れるまでに努力が必要らしい。
相性の問題でもある。
赤ちゃんの
母乳とミルクの好みでもあるため、
個人差が発生する。
美羽と琉久親子は、
母乳のみでがっちり固まった。
ここでデメリットが発生する。
母乳好きな赤ちゃんは、
搾乳した母乳を嫌がって
飲んでくれないのだ。
哺乳瓶の乳首が
嫌だと飲んでくれない。
かならず直飲みを要する。
高い搾乳機を買ったというのに
どの乳首を買っても
あれもこれもだめ。
いつでもどこでも
一緒に過ごさないと
いけなくなった。
そのため、美羽が
ひとたび美容院で
外出すると
祖母である恭子でも
颯太でも、紬でも
あの手この手を使っても
ずっと泣いていることになる。
せいぜい離れるのは
3時間が限界のようだ。
どうにかこうにか
ガラガラや
バウンサーや
かみかみするおもちゃで
あやしてやり過ごす。
思い出した頃に数分で泣き始める。
甘えんぼで
寂しがり屋で
すぐ泣く。
泣き虫。
ママが大好きのようだ。
あっちやこっちにあほ毛が出てくるほどに
憔悴してしまう育児だ。
育児経験者の
恭子でさえも
ぐったりと疲れてしまうほどだ。
産後の肥立ちで
1ヶ月の助っ人で
来ていた恭子もそろそろ
福島の実家に帰らないといけなくなった。
颯太が仕事が休みの日曜日。
「荷物もまとめたから
そろそろ帰るわね。
だいぶ、成長して
昼夜逆転も落ち着いてきたんじゃない?
昼寝もたっぷりするもの。
大丈夫じゃない?
最初の2週間はどうなるかと
思ったけど。
琉久ちゃん、また会おうね。」
だいぶ、恭子に慣れてきたのか
琉久は、きゃきゃと喜んでいる。
「男の子ってハードだわ。
スタミナが違う。」
「お母さん、ありがとう。
お父さんによろしくね。」
「良いのよ。
孫と一緒に過ごせただけで
楽しかったわ。
紬ちゃんも一緒に
オセロとかトランプできたもんね。」
「おばあちゃん、ありがとう。
今度、人生ゲームしようね。」
「え、そういうのもあったのね。
やっておけばよかった。
いやいや、今度ね。
楽しみにしておくわ。
んじゃ、颯太さん。
これからが大変だけど、
美羽のことよろしくね。」
「はい。
わかりました。
いや、お母さん、駅まで送りますよ。
荷物大変ですよね。」
「いいから。
年寄り扱いしないで。
運動しないと
これくらい、キャリーバックだから
大丈夫。
ほら、キャスターついてるから。」
「そうですか。」
「んじゃね。」
手をパタパタと振って
立ち去っていく。
玄関のドアがバタンと閉まった。
閉まる音も慣れてきたのか
泣くことはなかった。
「あれ、何か封筒入ってる。」
紬が郵便受けを見ると
美羽宛に何かが届いていた。
「え?私?」
「ママにだよ。
ねぇねぇ、今日、天気いいから
散歩がてらに公園に行こうよ。
ベビーカー買ってたでしょう。」
紬は颯太に声をかけて
おねだりした。
琉久はベビーベッドの上で
手足をパタパタ動かしながら
ご機嫌に過ごしていた。
レースカーテン越しに
太陽の光が差し込んでいた。
ポカポカと暖かい。
それだけでも嬉しいそうだった。
玄関先で1人、
美羽宛に来ていた封筒を開けて、
書類を読んでいた。
その文章を見て、
口に手を置く。
目から涙をこぼれた。
紬がこちらに来る足音がして、
慌てて美羽はその書類を封筒に戻して、
隠した。
「ママ、早く、公園行こう!!」
「あ、うん。
公園ね。
今、準備するよ。」
何もなかったように
誤魔化した。
服に着替えると同時に
寝室にある引き出しの奥の奥の方に
封筒を閉まった。
美羽の手は震えた。
リビングにいた颯太は、
琉久を抱っこして高い高いした。
嬉しいそうにきゃきゃと喜んでいた。
紬はそれにヤキモチ妬いて
すぐに大きな小学生の紬も抱っこして
高い高いした。
一瞬、腰が痛くなった。
美羽はそんな様子を見て
感動していた。
ホルモンバランスが崩れているから
何気ないことで
感受性豊かになるのだろうかと
颯太は何の疑問も思わなかった。