振り返って、接吻
低温火傷につき、
第1話
社員証を首からぶら下げて、欠伸を噛み殺しながら出勤する。
部下たちが、早朝とは思えない快活な挨拶を繰り出してくるのは、ぼけ社長が「やっぱ基本は挨拶だよね!」とかなんとか言うからだ。まじであいつなんなの。
俺はふらふらとまだ目が冴え切らない状態のまま、社長にだけは会ったりしないようにひたすら祈りつつ、副社長室という自分の部屋に向かう。
朝からあいつが「おっはよー」なんて声をかけてきたら、それはもう最悪としか言いようがない。
最悪の意味、わかる?最も悪いんだよ、これ以上なく悪いの。
都会の高層ビル群のなかでも引けを取らないこの建物は、それなりに新しく綺麗で清潔だ。朝の陽ざしが差し込み、爽やかな挨拶が交わされる。そんな会社であることは素晴らしいことと理解しながらも、その明るささえもが低血圧の俺には腹立た、
「あ!ゆづ、おっはよー」
———よし、逃げよう。
ヒールをかつかつと鳴らしながらこちらに向かってスキップをしてくる最強に奇妙な女を見つけて、俺はくるりと素早く方向転換した。
朝の俺の戦闘力は最低値。したがって、逃げるが勝ちだ。
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