振り返って、接吻
そのフェンスに背中を預けてわたしが立ちどまると、彼女もわたしの正面に立った。
ふわふわとした髪を靡かせながら「宇田さんは、」意を決したみたいに、はっきりと名前を呼んでくる。なにもかもが気に食わなくて、その、高い声も耳障りだ。
「由鶴くんのこと、好きなんですか?」
核心を突くなら、もうすこし助走をすべきだ。いきなり放たれた直球に、わたしは気の利いた返しもできず、呼吸も瞬きを忘れてしまう。
やめてくれ、と思った。耳鳴りが、ひどい。
好きだ、と肯定すべきだった。
牽制になるし、ふつうに好きだし。褒められたことではないかもしれないけど、少なくともふたりの恋仲を堂々と邪魔する理由になる。
それが言えないならせめて、好きじゃない、とでも否定すれば良かった。
幼馴染としてはもちろん大切に思っているけれど、これは恋なんかじゃない。恋愛感情だなんて安っぽい枠には入れてほしくないほど、尊くて清いものだ。
「わたし、は、」
でも、わたしは何も言わなかった。気の利いた返しどころか、二酸化炭素すらうまく吐き出せない。
由鶴へのきもちを表すのに、適した言葉を私は知らない。由鶴のことを好きな人間はたくさんいるけど、この感情はわたしだけが持っている特別なものだ。家族とも違うし親友とも違うし恋人とも違う。