振り返って、接吻
それを、なぜ、刹那的な由鶴の恋人ごときに教えてあげなければいけないのか。そんな義理も親切心もないし、何よりわたしは、由鶴のそばにいる人間はもれなく嫌いだ。
「少なくとも、由鶴くんはわたしよりも宇田さんを優先させるのよね」
そんなの当たり前でしょうが。
あのね、わたしと由鶴の間に入ってくることができる人間なんて、存在するわけがないの。
深月由鶴の側にいて好きにならない女がいるならぜひ会わせてほしい。由鶴は、女の子を惹きつける目には見えない魅力がある。
それは容姿や肩書のような明らかなものではなく、彼自身が発している何か。こういうのが、いわゆる色気なのかもしれない。実際に由鶴は、幼い頃から女の子から異常に人気があった。
同じ学校の生徒だけでなく、お稽古や学校の先生までもが由鶴に首ったけになる。その様子をわたしはすぐ側で、滑稽だなと感じていた。
みんなが欲しがるその美少年は、わたしだけに手を伸ばす。その甘美でたまらない優越感は、わたしの満たされない承認欲求を鋭く刺激した。
「それで、」
ここにはいない由鶴のことを想像しながら、由鶴の恋人と目線を合わせた。
わたしに依存している由鶴はきっと今頃、親鳥を見失った雛のように慌てているだろう。約束の教室に姿が見えなくて、それでも誰かに話しかけられれば、冷たく親切に対応するはずだ。
彼は無口で無表情で無感情な男だけど、決して他人を蔑ろにすることはない。いつも、みんなに優しくて、それを当たり前だと思っている。
その善意が、偽善者なわたしを苛立たせる。
わたしは、彼と正反対に、温かくて不親切だ。
「わたしに、どうしてほしいんですか?」
明るい生徒たちの声が遠くで聞こえる屋外に、わたしの声がよく通った。