振り返って、接吻

この女は、何か言いたいことがあって、もしくはお願いがあってわたしのところに来たに違いない。さくっと本題に移ってほしい、駆け引きは嫌いじゃないけど、だらだらと回りくどいのは嫌いだ。


もう少し、時間はある。由鶴のスマートフォンにはGPSをつけてあるからわたしは彼の居場所をいつでも把握してるけど、向こうはそこまでストーカー気質ではないだろうし。ちなみに自分の居場所が特定されていることを彼は知らない。

こういうところから、想いの質量に差が見える。わたしばかりが執着しているのは、歴然だ。

まあ、GPSなんていらないけど。幼稚舎からこの学校の檻に閉じ込められた由鶴の行動範囲なんてたかが知れている。今だってどうせ生徒会室で、わたしの名前を呼んでいる違いない。



「お願いしたら、なんでもしてくれるんですか?」



滑稽で愛おしい幼馴染に想いを馳せていると、目の前に立つ彼の恋人が瞬きもせずに微笑んで言った。余裕のある言葉選びが、なんていうか、女の戦に慣れているのを見せつけてくる。

まあ、こちらも場数は踏んでおりますけど。


ふわふわの長い髪から、この頭を柔らかく撫でる由鶴を想像した。器用な由鶴はよく、女の子の頭に絶妙な加減で触れる。自分の思い通りに進めたいとき、とか。

その仕草は、余裕のある大人びた男子高校生の彼を印象付けるには十分なものだ。きれいな長い指先と彼特有の冷たい温度に虜になる女の子を何人も見てきた。


わたしも、幼い頃は髪の毛がふわふわしていた。いまだって、放っておいたら癖毛が爆発しちゃう。扱いにくい天然パーマがコンプレックスで、由鶴の真似をして縮毛矯正をかけた。わたしが羨むものを由鶴が持っているのか、あるいは由鶴が持っているから羨ましくなってしまうのか。

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