振り返って、接吻
由鶴の恋愛の邪魔をしたかったわけじゃない。
むしろ、わたしたちの関係が、恋愛に邪魔されたくなかっただけだ。
これは強がりでもなんでもなくて、ほんとうに、ちがう。あなたのことなんか、どうだっていい。
だって、どうせあなたがゆづと別れても、ゆづにはすぐ新しい恋人ができる。それの繰り返しだ。
それに、どうせわたしは由鶴の恋人にはなれない。ならないし、なりたくもない。
正直、由鶴と彼女がいつも長続きしない理由は謎だった。無意識のうちに女の子の心を上手に転がすはずの由鶴だけど、恋人と半年以上続いているのを見たことがない。
恋愛に関しては由鶴が飽き症なのかと思っていたけど、もしかしたらこれまでも何度か由鶴が振られてきてるのかもしれない、と思った。わたしのせいだとしても、それって、めちゃくちゃ笑える。
いちおう異性だし、あんまり恋の話とかしたことなかったけど、もっと深掘りしておけば良かった。かわいいゆづるんの弱みはいくつ持っていても足りないのよね。
調子に乗ったわたしは、ポニーテールから落ちてきた後れ毛を耳にかけながら、彼女に聞いた。
「わたしが邪魔したら、ゆづと別れてくれるんですか?」
「そんなの分からない、けど、別れたくないって思っています」
そんなの、分からない。正直な答えに胸が詰まった。
わたしは、由鶴と離れるなんて絶対にできないけど、ふつうの感覚で言えば、学生の付き合いに“絶対”なんてない。
わたしをきっかけに仲違いすることも、あるいは、仲が深まる可能性だってあり得るわけだ。悪役女の修羅場によって雨降って地固まる的な展開、よくあるでしょ。
わたしにとっては、この女はしょせん由鶴の通過点。でも、彼女にとっては、きちんとしたひとつの恋。
彼女は何も悪くない。純粋なそれに、吐き気がする。
「宇田さんは、由鶴くんが恋人にどうやって触れるのか、甘やかしてくれるのか、知らないでしょう。
負け惜しみかもしれないけど言わせてもらえば、たしかに宇田さんは由鶴くんにとって特別な存在だと思います。でも、けっきょく、恋人にはなれないのですものね」
自分では、分かっていた。自分だけが、分かっていると思っていた。
誰かに指摘されたのは初めてのことで、息がくるしくなる。踏み抜かれた地雷が爆発した。
由鶴がどうやって恋人を甘やかしているのかなんて、知りたくもない。そして、きっと知り得ないことだ。