振り返って、接吻


わたしが話しているときの、どうでも良さそうな顔。最後まで聞いてくれた彼は「あ、そう」か「ふうん」のどちらかを言う。ふうん、のほうが機嫌いい。

わたしのマニキュアを塗ってくれる。由鶴はけっこう世話焼きなところがあるし、男の子にしてはかなり手先が器用だから。

肩や首のマッサージもしてくれる。うちにはメイドさんみたいなひとが多少はいるけれど、今日の学校のことなんかを話しながら由鶴に揉んでもらうほうが、ずっとリラックスする。


金持ちの御坊ちゃまとして育っているはずの由鶴だけど、完全にわたしに尽くしたい気質だ。嗅覚の鋭いわたしは物心つくと同時にわたしはそれに気付いていた。


たしかに、由鶴は誰よりもわたしに甘い。もはや彼の狭い世界は、わたしかわたし以外かで成り立っている。

たとえば、生徒会室の空調は、奥の席に着くわたしにとってちょうど快適な温度に保たれている。日光が差し込む窓の側のわたしでも涼しくて、下半身を冷やさない26度。

由鶴はなんの悪気もなく、他の役員にはパーカーで調節させている。


ふと見上げた空の雲行きが怪しくなってきた。この季節の暑い日は、ほぼ確実に夕立ちがくる。

良かった、これで堂々と由鶴の傘に入れてもらえる。ふたりで、帰れる。嫌そうに無言で長い睫毛を伏せる幼馴染を想像するだけで楽しい。





たんたんたんたんたんたん。


屋上に続く長い階段を駆け上がってくる音が微かに聞こえる。

その聞き慣れた足音をBGMに、わたしは過去を振り返っていた。


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