振り返って、接吻
そして、カウントダウンする。さん、にい、いち、ばたん。
ほらね、ドアが開いた。
「宇田はいるの?」
息を切らした由鶴の声には抑揚がなくて、そのいつも通りが、なぜか安心した。
由鶴はまず、空を見た。雨、降ってないじゃんって思ったのかもしれない。もうすぐ降るよ、たぶんね。
それから視線を動かして、ひとりで立っているわたしに吸い寄せられるようにまっすぐ駆け寄ってきた。
「っ、」
何も言わずにわたしを正面から、きゅっと柔らかく抱きしめる。
こうやって抱き締められると、華奢に見える由鶴の背中が想像よりもしっかりしていると分かった。ふわりと清潔な匂いに包まれて、わたしはまた、さらに安心した。
ぴたり、わたしたちの距離がゼロになる。こんなに近いのに、溶け合えない。このままふたりでいたら、わたしが由鶴になれたらいいのに。
こちらの歪んだ思考なんて知る由もなく、わたしに傷がないことを確認した彼が覗き込むように視線を合わせてきた。
その無垢な瞳に言い訳するように、先に口を開く。
「なんにも、されてない」
そのくせ、両方の目からはぼろぼろとなみだが溢れ出した。いきなりのことに、自分でも驚いてしまう。
意図的なものでもないし、生理的なものでもなかった。わたしらしくもなく、感情が昂って泣いていた。
慌てた由鶴がポケットから出して拭ってくれたハンカチがぐっしょりと濡れていく。こんなみっともない嗚咽を他人に見せるのは初めてだ。
「痛いの?」
「っく、だい、じょうぶ、」
「何されたか言って」
「ほんっとに、なにも、っ、されてなくて、」
「じゃあ、なんで泣いてるの」
少し屈んで目線を合わせて、ひんやりと冷たい大きな手でゆるく頭を撫でてくれる。
由鶴のやさしい手はわたしの頭のサイズにぴったりで、さらに安心の波が押し寄せてきた。
ごめん、ほんとうに何でもないんだ。
あのね、さいあくなことに気付いちゃった。
「安心したから、泣いちゃっただけ」
———わたしって、ただ、由鶴のことが好きだったのか。